マーク1 過去のエッセイ2 No.51〜No.86 〜Essay in the past〜 マーク2

アロヒナニが日々感じたことを、気楽な感じで書きつづっています。
*こちらのエッセイは2001年〜2012年に書いていたものです。

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51. 成長するために 52. スキとわかりやすさ
53. 優しさ返し 54. 受け入れる
55. 世界の見方 56. 被害者意識
57. お山の大将 58. ポジティブなエネルギーに変える
59. 孤独感 60. 真のプロ
61. 自分らしさと個性を誇りに 62. パワフルって言われたい?
63. どっちが大事? 64. 気を使わせない優しさ
65. 表現の仕方 66. 人生が終わったあとに
67. リーダーは繊細 68. 生まれながらにして
69. 例外はある 70. 幸せと不幸せの数
71. 直感で生きていく時代へ 72. 恐れずに発信しよう
73. 信念が病気を作る 74. 友人関係でがっかりしたときは
75. 家族関係で不満があるときは 76. 柔軟性は可能性を広げる
77. 子供が欲しい!? 78. ただ縁なだけ
79. 自分を中心に考える 80. 女性は強い
81. 第三者になってみる 82. 自分のルールブックで生きる
83. 真実の愛とは 84. 悪意を捨てて愛をとる
85. 人をうらやむことなく 86. 自分を責めずに誇りを持って!

51. 「成長するために」

先日、あるテレビ番組で、俳優のSさんがいかに潔癖症か、というのをやっていました(笑)。結構びっくりするほど潔癖で、私もびっくりしました。
司会者の人が、ゲストのJさんを指差して、「こういう優しい男と付き合うと女はダメになる。なんでも許してもらえて、どんどんわがままになって強くなっていく。だから、Jさんと別れた後の女性は、他の男はIさんほど優しくないから、誰ともうまくいかない」と言っていました。

そして、Sさんを指差して、「こういう男とつきあったら、確かにきついけれども、別れた後には、誰とつきあっても楽だしうまくいく」と。

当のSさんも、「オレが付き合った女性は、みんな後でオレに感謝するんですよ」。
つまり、細かいことにすごくうるさいから、女性のほうもいろいろ細かいことができるようになるのだとか。

私はこの話を聞いていて、結構納得しました。
何でも「いいよ、いいよ」と許してくれたり、「私がやるよ」と言ってやってくれたりする人と一緒にいると、自分が成長しないんですよね。

昔、何でも面倒をみてくれる人とつきあったことがあったのですが、それはそれは楽でした。
カニを食べに行けば、全部むいてくれる。車に乗るときはドアを開けてくれる。
お店は決めてくれて、時々お説教もしてくれる。
私は何もしなくていいから、どんどん甘えていきました。 無能な私でいいんだ、無能な私が愛されるって思って、どんどん無能になっていったのです。

次につきあった人は、頼りない人でした。
車の運転も下手で、計画性もあまりなくて、甘えん坊で……。
結果、私がどんどんしっかりしていきました。
甘えるのが好きだったはずなのに、気が付いたら相手に甘えられていた。
かわいい女の子でいるはずが、クールなお姉さんになっていた。

「能は無能に使われる」とは、私の友人が昔言っていた言葉。
デキナイ上司の下には、デキル部下がつくものなんですって。
うーん、それもきついけど、確かに成長するかな(笑)。

そして、私の個人的な意見としては、成長するためには、「一人暮らし」、これが一番だと思う!
私の母親は、「男は20歳を過ぎたら自立しなさい」という考え方だったので、私の兄はちゃんと一人暮らしをし、そのおかげか、結婚してからも、共働きだということもあって、家事を分担してきちんとこなしています。

私は、一人暮らしを始めたのはかなり遅かったけど、自分自身に自信がつきました。
「実家が東京なのに一人暮らしだなんてもったいない」と言う人もいるけれど、私はそうは思わない。
一人暮らしをして見えることってたくさんあると思う。

よく、食っていけないから、とか理由をつける人がいるけど、そういう人ほど一人暮らしをしたほうがいいと思う。「なんとしても食べていかなくちゃ」というハングリー精神を持って欲しい。

一人で暮らせる人は、二人でも暮らせる。
寄りかからずに、自分で生きる術を経験した人は、強い。そう思います。

52. 「スキとわかりやすさ」

男性からモテる女性に多いのは、「スキのある人」だと思います。
ちょっとゆるい感じっていうのかな。
(ちなみに私は、よく「スキがない」と言われます)

たびたびこのエッセイに登場する私の男友達M氏によると、「スキのない人」には2タイプいるそうです。
1.しっかりしすぎている人
2.人に甘えられない人

そして、モテるタイプのもうひとつ、それは「わかりやすさ」なんじゃないかと私は思います。
昔の私の職場に、かわいいぶりっこちゃんがいました。仮にMちゃんとします。

あるとき、数人の男女で飲んだときのこと。女子の一人の姿がずっと消えたまま。
私はそっとトイレに行き、個室で吐いている彼女の姿を確認。
「何かすることある? どうしてもらいたい?」とそっと聞くと、「一人にしておいて」と彼女。

吐いているとこ、あんまり人に見られたくないだろうと思ったので、「何かあったら教えてね」と言い残してまたそっと席に戻りました。
うまくいけば、彼女のことはみんなに知られずにすむだろうと思っていたそのとき、Mちゃんが大きな声で言いました。
「あれ? ○○ちゃんがいない!」。

私はそのまま黙っていようかどうか迷いました。
しかしMちゃんは続けました。「もしかしてトイレかも! 私見てくる!」と……。
そしてトイレのほうからMちゃんの大きな声が聞こえてきました。
「○○ちゃん、大丈夫ー? お水いるー?」

そんなに大きな声で言ったら店中の人に聞こえてしまうじゃないの!と私が思ったそのとき、「Mちゃんはほんと優しいよな〜」と男性陣の絶賛の声が聞こえてきました。
彼らからすると、私は、何もせずただ座っていた気が利かない女子、に見えたわけです。

なにか悲しいお話のとき、わかりやすく涙を流すMちゃん、料理が運ばれてくると、われさきに料理をとりわけ、「お嫁さんにしたい女性ナンバーワン」の座につくMちゃん。
わかりやすい女子であるMちゃんには、わかりやすい男性陣が群がりました。

でも、ありがたいことに、わかりにくい(?)私には、細かいことまで察知できる懐の大きい人が寄ってきてくれることが多いです。
ですから、スキがないとか、わかりにくいと言われるタイプの方、無理して変わらなくてもいいと思います(笑)。
100人のどうでもいい人にモテるより、たった一人の大切な人から好かれないと意味ないですからネ。
ただ、あまりにもわかりにくいっていうのもどうかと思うので(笑)、ある程度、伝えたり表現することは必要だと思いますが。

53. 「優しさ返し」

奉納イベントで仲良くなったJ子さんと都内のホテルに一緒に泊まり、夜中までいろいろ語り合いました。
J子さんのご主人は、皆から神父さんみたいだ、と優しくて穏やかなそのお人柄が絶賛されている。J子さんいわく、結婚して30年くらい経っているけど、一度も夫婦喧嘩をしたことがないのだそう。

「何か文句とか言われたら、10倍にして返す用意がいつでもあるの。でもね、向こうからは優しさしかこないの。だから私も優しさ返しをするしかなくって」とJ子さん。
素敵な言葉ですよね、「やさしさがえし」。

人が誰かに優しくするとき、それは相手の優しさを感じるから、なんですよね。 私はいつも奉納チームのみんなといると、たくさんの愛情と優しさを頂くから、私もみんなに愛と優しさを返したくなるんです。

奉納チームのみんなの優しさって、相手に負担をかけない優しさ、なんです。
それって簡単なようで難しい。

奉納イベントのときや、一緒に聖地を巡るとき、私はいつもみんなの姿からたくさんのことを学んでいます。
いつも誰かが、誰にも気づかれないように、誰かにそっと優しくしている。
自分が買ったとは言わずに、差し入れを置いておいたり、自分が用意したとは言わずに、そっと必要なモノを用意しておく。
常に周りの人のことを気遣っているけど、それがとてもさりげない。相手に気を使わせない。

みんなの優しさを感じるから、私も精一杯みんなに優しさを返したいと思っています。
だから、誰かを愛したいとか、誰かに優しくしたいとかって感じることって、実は自分から発信している一方通行なわけじゃなくて、実は、受け取って与えての同時進行なんですよね。
だれかを見て、ああ、優しくしたい、って思える瞬間が、たくさんある人生にしたいです。

54. 「受け入れる」

今の自分の状況に満足していますか?
現状に納得がいかなくて、何かを変えたいと思ってもがいたりすることって誰にでもありますよね。 でも、まずは、現状を受け入れることから始めないといけないんですよね。

以前、海洋写真家でホクレア号(ハワイの航海カヌー)のクルーでもある内野加奈子さんが、わかりやすい言葉で語ってくれました。
ホクレア号で航海中、大きな嵐に遭遇した。嵐の中にいるということは、もう変えることが出来ない。 それを嘆いても嫌がっても、もうどうにもならない。
だから、まずは受け入れるしかない。でも、その嵐から身を守るために、帆や舵を調整するなど、出来ることはある。 ただ嘆いているだけではなくで、そのときにできることを精一杯やる。

ホクレア号には、いろんな国籍の人たちが乗り合わせる。考え方も習慣も違う。
ちょっとしたことが命の危険に繋がる伝統的カヌーでの航海だから、喧嘩なんてしている場合ではない。
だから、まずは、相手を受け入れる。それが重要なんだと、内野さんはおっしゃっていました。

これは、人生でも同じですよね。何かが起こったとき、「いやだ」「そんなはずはない」って思っていても、何も前には進まない。
その状況の中で、いかにハッピーにやっていくか、どうやったら改善していけるかを考え、実行していくことが大事ですよね。

たとえば、従業員を雇ったとします。その従業員が、自分の思うとおりには働いてくれない。
「もっとこうやってくれれば」「もっとこんな人がよかったのに」と思っていても仕方ない。

すぐにクビにしちゃうのも大人気ない。そういうときは、まずはその人をありのまま受け入れる。
そして、その人の良さが発揮できるように考える。

何事も、すぐに諦めないで、まずは受け入れるところから始めてみる。
これって大事だと思う。

55. 「世界の見方」

最近読んだ本に、「誰もが自分と同じように世界を見ているのではない」という言葉がありました。そこに気がつかないと、人生のいろんな場面で傷つくんだって。
この言葉は、とても大切なことを教えてくれているな、と思いました。

たとえば、私は幼少時代から、精神世界のことが普通だったんです。
お寺の生まれで霊感の強い祖母から「輪廻転生」「因果応報」など、刷り込まれていて。
小さな頃から、自分に悪いことが起こったら、「前世での行いが悪かったんだ」などと普通に思っていました。
誰もがそういうふうに世界を見ていると思っていたから、学校で、「変わっている」「変な宗教をやっているんじゃないか」と言われたときはショックでした。

自分を基準にしてしまうと、特に対人関係では感情的にきついですよね。
誰もが同じおもいやりを持っているわけじゃないし。
自分が持っている価値観が平均だ、公平だ、と思っていたら、いちいち傷ついたり腹が立ってしまう。

誰もが同じように世界を見ているとしたら……、周りは自分と気の合う人ばかりですよね。
でも、とても偏った世界になってしまう。
いろんな性格の人がいて、いろんな特技があって、いろんな世界の見方があるから豊かさがあるわけで。
だから、同じような価値観で世界を見ている人と一緒にいると、楽かもしれないけれど、自分が成長するためには、違った角度から世界を見ている人と一緒にいるといいのかもしれない。

占星術的見地でも、人は、自分が多く持っている元素は外に求める必要はなく、自分に欠けた元素を他人や環境に求めるそうです。
そして、異性関係では、欠けた要素を相手が多く持つという相互補完関係があると関係が長続きするらしいです。

遺伝子学的にも、DNAは平均値を求める、という説があります。
背の高い人が背の低い人と結婚したり、無口な人とおしゃべりな人がくっついたりする。

遺伝子学の教授によると、人は、正反対同士のほうがうまくいく。
たとえば、研究室でも、考え方のまったく違う教授とその部下、などは、口論にはなるけれども、成果が出やすいんだそう。

誰でも、世界を見るとき、自分というフィルターを通す。
そのときに、できるだけ客観的でいられることが必要なのだな、と思います。
自分はこう見ているけれど、でも他の人は違うかもしれない。
そんなふうに。。。

56. 「被害者意識」

仕事柄、いろいろな方と接します。
今までの人生、ほとんどずっと接客業だったので、本当にいろいろな人を見てきました。

そんな中で感じるのは、被害者意識を持った人が結構いらっしゃる。
何かあったとき、物事がうまく行かないとき、それは人のせい。
自分が悲しいのもくやしいのも、恥をかいたのも、損をしたのも、みんな人のせい。
いつも誰かに対して、何かに対してプンプン怒っている人もいる。

たとえば、離婚したとする。または彼氏と別れたり、親友と喧嘩別れしたとする。
「ひどい人だった」と、別れたのは相手のせい、という表現をする人って結構多い。
だけど、なにか起こったとき、100%どっちかのせいっていうことは、ありえないと思う。

もちろん、通り魔事件、大量殺人などで一方的に巻き込まれた、というようなケースは別ですが。
実際、本当に相手がひどい人だったとしても、その人を選んだのは自分なんですよね。
その人を選んだという責任は自分にある。

それに、人間関係っていうのは、相互で成り立っているから、もし相手がひどいことをしたとしても、そうなってしまった原因というのは、こちらにもある。
二人の間で起こることっていうのは、お互いで作り上げている。共同責任ですよね。
その人も、自分相手じゃなかったら、同じことはしなかったかもしれない。

ある離婚した芸能人カップルが、別れるに至るまでをドラマに再現していたのをテレビでやっていました。
それも、お互いの視点からドラマを作って、2パターン放映したんです。
お互いの視点から、っていうのが興味があって見てみたのですけど、見事に違うんです。
どっちもが、「相手のせいでこうなった」というような、相手の悪いところをクローズアップしてあって、他人から見ると、もうまさに「お互いさまだよ」という感じでした。

車の衝突事故でも、お互いに動いている状態で起こったものは、賠償額が大体4:6とか、5:5とか、どっちもが負いますよね。どっちかが100%っていうことはほとんどない。
自分だけが被害者だという意識の人は、いつも誰かのせい、何かのせいだから、愚痴も多いし不満も多い。

人のせいにしているうちは、人生をうまく進んでいけないと思う。
何もかも自分の責任と考えられる人は、人生を自分の力で切り開いていける。
私もたまに、「ひどい目にあった〜」なんて言ってしまうことがありますが、「それを引き寄せたのは私」と思うようにしています。

57. 「お山の大将」

某音楽プロデューサーK氏が逮捕されました。
その報道に対して、ある文化人がこう言いました。
「成功すると、全能意識を持ってしまう人が多くいます。自分は何でもできるんだって思ってしまう。だけど、成功しているときこそ、恥ずかしさ、謙虚さを持たなくてはいけない」

そこで、司会の人が「あれだけのお金を持っていたのであれば、もっと有能な税理士や、コンサルタントを雇ったりできなかったのか。周りに止めてくれる人はいなかったのか?」と発言すると、その文化人が、「全能意識を持っていると、自分がすべてできると思っているから、人の意見は必要ないんですよ」と。
K氏が全能意識を持っていたのかどうかは知りませんが、巨万の富を得たときに、有頂天になったり、派手な生活になってしまうのは、無理もないと思う。
しかも、それが自分の才能の結果だったら、「自分の力でやっている」と自負すると思うし。

昔、プロスポーツ選手たちと少しご縁をいただいていたことがありますが、その当時活躍していた選手たちのお金の使い方、はしゃぎようはすごかった。
一晩だけの遊び相手、二股、三股、当たり前。一晩で何十万も使う人もいたり。
世界中の女性が自分に興味あると思っている人もいたし(笑)。
彼らのうち、何人かは今も活躍しているし、何人かは……どうしているかな?

どこの業界にも、お山の大将的な人はいます。
人間観察大好きな私ですから、いろんなジャンルの人を引きつけるようで、ほんとにいろんな人と接する機会があるわけなんですが。

たとえば、マスコミ関係の人で多くいがちなのは、「テレビに出してあげるよ」「カメラに写してあげるよ」的な上から目線の人。
「オレ、テレビの仕事しているんだよね〜」と言えばスゴイと思ってもらえる、女性にモテると思っている人とか。

ある初対面の男性から、その業種でどれだけ活躍しているのか、自慢話を散々聞かされて、目を開けたまま気絶したことがありました(笑)。
確かにね、その業界では活躍しているかもしれません。
でもね、そんなこととは関係のない人たちのほうが世の中には多いんです。

どんなに有名なタレントさんでも、テレビを見ない人にとっては無名なんです。
どんなに人気のあるロックスターも、ロックを知らない人たちからは、ただの人なんです。

大企業の社長さんも、敏腕弁護士も、天才医師も、その業界でどんなに注目されていても、そこから一歩外に出れば、普通の人と変わらないんです。

私は元々、有名ということに価値を置いてないから、どんなに有名な人を相手にしても、普通の人と同じように接するんですけれど、人間的器の大きい人は、それを気にしない。
でも、中途半端な人や、お山の大将タイプの人っていうのは、自分を有名人として、すごい人として扱ってもらわないと不満に思うものなんですよね。

元スチュワーデスの友人が言っていましたが、ファーストクラスに乗るような人は、余裕があるから、せこせこしてないんだそう。
寝たいから機内食いらないよ、というような感じ。
で、中堅どころのビジネスクラスのお客さんのほうが、いろいろ注文が多かったりするんですって(笑)。

お山の大将っていうのは、自分は特別な人間だと思ってしまった結果なのだと思うんです。
占星術師の鏡リュウジさんがブログに書かれていました。
「平凡なチャートなどというのはおそらく存在しない。裏を返せば、どの人もスペシャルな星の下に生まれていて それぞれのユニークで個性ある人生を生きているのだ」

みんな特別な存在なんですよね。
だから、自分だけが特別なんじゃないということにちゃんと気づいて、お山の大将にならずに自分を保てるかどうかが、その人の人間としての器にかかっている。

成功し始めると、周りが見えなくなる。寄ってくる人も多いけど、孤独にもなっていく。
そのときに、どれだけ冷静でいられるか、どれだけ真実を見極められるか、試される。
他人の意見にも耳を傾け、常に見失わずに自分を保てる人だけが、成功し続けることができるのだと思う。

58. 「ポジティブなエネルギーに変える」

私の友人が先日、こんなことを言っていました。
「私の彼が、前妻さんに対して今でも憎しみを持っているの。だから私は彼に言ったの。その憎しみを持ち続けているうちは、まだ私は奥さんに勝てないわって。だって、憎しみがあるってことは、まだそれだけ奥さんにエネルギーを送っているっていうことだから。それだけ奥さんのことを想っていることになるでしょ」

愛も憎しみも、エネルギーを送っているということでは、同じなんですよね。
憎しみを向けるということは、愛しているのと同じくらい、その人のことを考えて、注目しているんですもの。

だから、スピリチュアルカウンセラーの江原さんもよくおっしゃっているけれど、愛の反対は、憎しみじゃなくて、無関心。
まったくなんにも関心を向けられないこと、これってある意味ものすごく悲しいですよね。

オノ・ヨーコさんが語っていたお話が、とてもわかりやすいので、ここにご紹介します。
彼女は、ジョン・レノンさんと結婚したことで、多くの嫌がらせを受けたそう。
当時、彼女は鉢植えの木を3つ育てていました。

「木に水を上げる時に、一つの鉢には何も考えることなく、もう一つには憎しみを込めて、もう一つには愛を込めてしました。
すると、憎しみを込めて水をあげた鉢と、愛を込めて水をあげた二つの木が一番成長しました。
嫌悪も愛と同じように強い感情だからです。

多くの人からの嫌がらせも、後になって考えたらとても大きな力をもらったと思っています」とオノさん。
嫌悪を愛に変える方法を学んだそうです。

そんなふうにポジティブに転換できたオノさんは、本当に強い人ですよね。
ジョン・レノンさんのような世界的なアーティストと結婚したことで受けたネガティブなエネルギーをバネにできたんですから。

もしも、人からあまり良くないエネルギーを受けていると感じるときがあったら、全部、ポジティブなエネルギーに変えていきましょう!

59. 「孤独感」

タレントのAさんが亡くなったことに関して、いろいろと感じることがありました。
タレント時代はたくさんの人に愛されていた彼女が、一人暮らしの部屋で、たった一人で亡くなっていた。
どうしてそんなに寂しい最期になってしまったんだろう?

人はたいてい、生まれてくるときと死ぬときは一人。
同床異夢っていう言葉があるように、どれだけ一緒にいても、同じベッドに寝ても、同じ夢を見ることはできない。

どれだけたくさんの友達がいても、どれだけ愛するパートナーがいても、私たちは所詮は孤独な生きもの。
だから、一人だからって不幸なわけじゃなくて、一人でも幸せに生きられなくちゃいけないんだって思います。

ハワイにナウパカというお花があります。
半分に千切れたような形で咲くのだけれど、決して千切れてしまったわけではなくて、最初から半分の形で咲くんです。

知らない人から見ると、「あら、半分でかわいそう」って思うかもしれないけれど、その半分で完璧。
無理して丸い一つのお花になる必要はなくて、半分でいいんです。

誰にでも孤独を感じるときがあると思う。
タレントさんがよく、活躍してスポットライトを浴びれば浴びるほど、孤独を感じるっていうけど、理解できる気がします。光が濃ければ、影も濃いから。

その孤独感と上手に付き合えればいいんだと思う。
誰も理解してくれない、とか、寂しい、とかじゃなくて、人は誰でも一人なんだって思えれば・・・。
難しいですけれどもね。。。

60. 「真のプロ」

ある知人が自分の専門外のことをやり始めました。
何をやろうと自由なのだけれど、それでお客さんからお金を取っていたりするからちょっと驚いてしまいました。

その分野でプロで活躍しているある人がその知人についてこう言いました。
「やるのは自由なんだけど、でもあれでお金を取ったらダメだよねー」と。
私も同感でした。だって、まだまだプロといえるレベルではないんだもの。

あるイベントでも、同じようなことを感じることがありました。
名刺にはある職業が書いてあるのだけど、どう見てもプロの技術には見えない。

職業って自己申告だから、自分がそうだと思えばそう名乗ればいいのだけど、本当にその技術で生活しようと思ったら、生半可なことではやっていけない。
ミュージシャンでも俳優さんでも、セラピストでも同じだけど、常にお客さんの満足を考えなくちゃいけない。
自分が気持ちよく歌えたらそれでいいか、ではない。

「あー、今日も上手にリーディングできた!」と自分だけ満足して終わってしまってはだめ。
ダンサーでも、自分だけが陶酔しちゃっている人がいるけれど、そういう人は、お客さんが置いてけぼりになっていることに気づけない。

もちろん、自分が気持ちよく、ベストな状態でいることは大事だけれど、お客さんが満足できているかを見ることができるのがプロ。
美容師さんでもそうだと思うけど、自分の技術に自信があっても、どれだけ最新の技法を知っていても、それを駆使することじゃなくて、お客さんが満足するスタイルにできるかどうか、が重要なんですよね。
最新のヘアスタイルにしてもらっても、似合っていなかったり、お客さん本人が気に入らなくては意味がない。

お客さんがまた再び自分の元に来てくれるかどうか、それによってお客さんが受け入れてくれたか、楽しんでくれたかがわかる。
自分の満足じゃなくて、お客さんの満足。
それを常に考えられる人が真のプロなんじゃないかと思う今日この頃です。

61. 「自分らしさと個性を誇りに」

遺伝子の話がとても興味深く、遺伝子学の権威である村上和雄教授の著書を何冊か読んだことがあります。村上先生の著書に書いてあることをまとめてみました。

私たちは、同じ両親から生まれても、違う姿形で生まれてきます。
両親からもらった遺伝子情報が混ざり合って、組み換えが行われ、これによって、まったく同じ遺伝子が作られる確率は、なんと約70兆分の1だそうです!
つまり、まったく同じ遺伝子を持つ人が生まれる可能性は限りなくゼロに近い。

では、どうして同じ遺伝子を持つ人間が生まれない仕組みになっているのでしょう?
それは、種の絶滅を防ぐためなのだそうです。
同じような遺伝子を持つ人ばかりでは、絶滅のリスクが高くなります。

適応するのが難しいような環境の変化に見舞われたとき、似たような遺伝子の人ばかりだったら、説滅してしまうかもしれないのです。
だから、いろんな個性があっていいし、いろんな違いを持っているからこそ、世界は豊かなんですよね。

誰にでも、他の人にはない個性というものがあります。
人と違うことで悩む人もいるけれど、悩むことなんかない。 だって、自分と同じ個性を持つ人は、70兆分の1の確率、つまり、この地球上にはいないのだから!

そう思うと、すごくないですか?
誰もが特別な存在なんです! 他の誰も持っていない可能性を持っているわけです。
だから、自分という存在を誇りに思って、胸を張って生きていこう。
私たちは、可能性がたくさんつまった存在なのだから。

62. 「パワフルって言われたい?」

パワフルだねって言われたい人が多いように思う。
パワフルであることが特別な人であるような価値観を持っている人が多いのかもしれない。

もちろん、パワーはないよりはあったほうがいいと思うけれども、パワフルであることが無条件にいいことかというと、そんなことはないと思う。
パワフルだっていうことは、パワーを人に感じさせているということでもあり、エネルギーを常に放出しているという見方もできる。

カリスマ性のある人もいるし、あきらかにすごく目立つオーラを持っている人もいるけれど、そもそも、カリスマ性を持つ意味ってなんだろう?
カリスマを持つことで信者を増やす宗教もあると思うし、芸能人だったらファンを増やすためには必要かもしれない。

でも私は、なにもカリスマ性を持つ必要もなければ、パワフルでばかりある必要はない、と思うのです。
私がそれを感じたのは、ハワイの英雄、ナイノア・トンプソン氏の姿を見たとき。

ナイノアさんは、ハワイの古代カヌーを再現したホクレア号のキャプテン・ナビゲーター。
ハワイに住んでいる者やホクレアを知る者にとっては、ヒーロー中のヒーローといっても過言ではない。

2007年6月、ハワイからヤップ島を経由して日本へと、長く危険な歴史的航海を成し遂げたホクレア号のために、横浜でセレモニーが行われました。
そのとき、私はセレモニーでナイノアさんの姿を探しました。
すると、アロハシャツに短パン、ビーチサンダル、のナイノアさんを見つけ、その地味加減に驚きました(笑)。

横浜市が行ったセレモニーだというのに、スーツでもなく、ちゃんとした靴でもなく、さらには、「大きなことをやった」という表情でもなく、エネルギーを発散させているわけでもない。
本当にひっそりと、地味に座っていたのです。
もっと、オーラをムンムンさせ、カリスマ性にあふれた人だと想像していただけに、その驚きは大きかったです。

そして、そんな静かで地味な様子が彼の人間性を垣間見せてくれました。
英雄になりたいわけでもなく、注目されたいわけでもなく、ただただ、自分のやるべきことをやってきた。
歴史的な航海が成功するために負った責任は、半端なものではなかったと思う。
航海に携わっていた人々の人数もお金も膨大で、さらにはクルーの命も預からなくてはいけない。

航海出発前、不安な気持ちでいた日本人クルーの内野加奈子さんに、ナイノアさんはこう言ったそうです。
「恐れることも準備のひとつだ」
すべてを受け入れる器を持ったナイノアさん、そんな大きな人だからこそ、無駄なものは何一つ持たないのだと思う。
パワーは必要な分だけ自分の中に持っていればいいし、誰かにパワフルだと絶賛される必要もない。

私も昔は、パワフルだと言われれば嬉しかったし、目立つといわれれば悪い気はしませんでした。
でも今は違います。
「優しそう」「穏やかそう」と言われるほうが何百倍も嬉しいです。
余計な力は必要ない。外にパワーを発散させることもないし、常に自然体で。
力抜いて、楽に、穏やかに。。。

63. 「どっちが大事?」

先日、ある男性がこんなことを言いました。
「私と仕事とどっちが大事なの?って彼女に言われちゃってさー」

そんなこと言うなんてまったく信じられない、ドン引きした、と。
彼の口からは、非は相手にあるとばかりに不満が飛び出しました。

確かに仕事は大事です。仕事と恋人、比べることなんてできません。
そんなことを言っちゃう彼女も悪いかもしれない。
でもね、よーく考えてみて欲しい。

そういうことを彼女に言わせてしまった一因は、あなたにもあるのではないですか〜?と。
つまり、彼は相手にそう感じさせてしまう態度をとっていたということですよね。

私は、「どっちが大事?」発言をしたことはありません。
でも、言いたくもなりますよ、という状況は経験したことがあります(笑)。

要は、一緒にいるときにどれだけ大事にできるか、だと思うんです。
二人でいるとき、「あなたが大切ですよ」と表現していれば、態度で示していれば、彼女だって、どっちが大事?だなんてことは言わなかったのではないかなと思います。
たぶん、デートのときも仕事の話ばっかりだったり、仕事で約束をドタキャンしてもその後のフォローがないだとか、そういうことを積み重ねての「どっちが大事?」に至ったのではないかと思うんです。

仕事に熱中すると他のことが目に入らなくなる、恋人のことはほったらかし、そういうタイプの人に限って、「でも理解して欲しい」と虫のいいことを言うものです(笑)。
両方大事にできないなら、1人でいなさい、と言いたくもなりますよね(笑)。

私だったら、相手にそんなことを言わせちゃったら、自分が恥ずかしいです。
器の小さな人間だ、恋人を大切にできない人間だ、と公言しているようで・・・。
どんなことも、非が相手だけにあるのではない、ということを理解していれば、相手だけが悪いというような表現は出てこないと思うのです。。。

64. 「気を使わせない優しさ」

本当に優しい人って、相手に気を使わせないように優しくしますよね。
「私は気を使っていますよ〜」ということがバレバレな方っていますけれども、それって、余計に相手に気を使わせてしまう。

「あー、気を使っているなぁ」というのが伝わってきて、こちらまで気を使ってしまう。
そして、また相手も気を使って・・・、止まらない「気ぃ使い合戦」(笑)。

私も以前はそんなこと気にしてなかったんです。
気を使っていますよーと思い切り周りにバレバレな感じだったと思います。
でも、ある仲間達と出会って、すっごく学びました。

みんな、各分野で活躍しているアーティストたちなのすけど、スピリチュアルなだけじゃなくて、真に優しい人たちなんですよね。
それを、とってもさりげなくできる。この「さりげなく」っていうのが素晴らしい。

精神的に大人だからできるのだと思う。
相手の気がつかないところで優しくできるんです。

たとえば、あるイベントでのこと。ある服飾デザイナーさんが、お手洗いを掃除していました。
たまたま目撃した人が教えてくれてわかったことで、デザイナーさん自体は誰も気がつかないところでこっそりやっていたのです。
もちろん、自分がやっただなんて言いません。

漫画家の友人は、みんなのためにペットボトルのドリンクを段ボール箱ごと差し入れ。
「ここにドリンクがあるので自由に飲んでください」と。でも、自分が買いましたとは言わない。

スタッフのミスで食事が足りなかったとき、演出家Yさんが「お腹すいてないから、かえって助かりました」と一言。
私は心底尊敬しました。
そういう人たちだからこそ、トップに立てるんでしょうね。

私が忘れ物をしたとき、自分の持っている分を「荷物が減って助かったわー。お礼を言わなきゃいけないのはこっちよ」と言って分けてくれる。
私が寒いと言うと、自分の上着を脱いで貸してくれて、「自分は暑かったからちょうどいい」と言ってくれる。

その素晴らしい仲間達の姿で感動したもうひとつのこと。
それは、誰かを見送るとき、必ず、その人の姿が完全に見えなくなるまで見送るんです。

見送られるほうはそんなこと露知らずで去っていくんですけど、みんな、相手の姿が米粒くらいになって、完全に視野からなくなるまで見送る。
その姿に深い思いやりを見ました。
だから私も、生徒さんたちが講座後に帰られる時、必ず事務所のドアを閉める瞬間まで見送ることにしています。

誰かのために、誰かがこっそり優しくしている。
そこには、「自分が」というのがまったくない。
「自分がやりたいから」という押し付けがましさも、「優しくしている自分が好き」という思いもない。

「自分」が主体になっていると、相手に負担をかけますよね。
「自分があげたいから」という理由でプレゼントを贈る。

そこには、相手に喜んでもらいたい、というのもあるけれど、でもそれより先に「自分があげたい」というのが優先されている。
人に何かをしてあげるとき、相手の負担にならないように、というところまで考えられる人って、案外少ない気がします。

気を使っているってバレないようなさりげなさ。
相手に気を使わせない優しさ。
私が目指すものです。

65. 「表現の仕方」

表現の仕方が悪くて損をしている人っているなぁ、と思います。
文章の使い方、顔の表情などで、悪い印象を与えている人、嫌われてしまう人がいる。

私も昔は、ムっとすると顔に出ていたし、(今でも出ているかもしれないけれど)、ストレートな言い方をして相手に不快な思いをさせていたと思う。
私は感情の部分で動いてしまうことがあるので、悲しいときは悲しいことに集中してしまったり、頭にくると、しばらくその想いに支配されてしまうことがある。

でも、起業してからは、その感情はともかくとして、じゃあどう対処すればいいか、ということをまず考えることができるように、かなり気を付けるようになりました。

たとえば、振込みをしてくれないお客さんがいたとする。
「振込みがまだなので、振り込んでください」とストレートに言ってしまいがちですが、そこはぐっと我慢して、「振込みがこちらで確認できてないのですが、いつ振り込んでいただけましたでしょうか?」と、連絡する。
こちらの確認ミスかもしれないけれど、という、相手にだけ非があるような表現は避け、恥を欠かせないように表現を工夫する。

人にモノを頼むときも、表現の仕方は気をつけないといけませんよね。
たとえば私は取材の仕事で、取材依頼をするとき、そしてそれが相手に対して謝礼なしの場合、謝礼は出せなくて大変申し訳ないが、精一杯あなたの良さを伝えさせていただきたい、多くの人にあなたのことを紹介させていただきたい、そしてこちらで協力できることは何でもさせていただきます、ということを誠意を持って伝えます。

要は、どれだけ誠意を伝えられるか、なんだと思うんですよね。
そこで、「取材をさせてください。つきましては謝礼のお支払いはございませんのでご了承ください」なんていうような表現だと、相手はきっと不快に思いますよね。

だから、人とうまくやっていこうと思ったら、表現の仕方は勉強したほうがいいと思うんです。
少なくとも私は、多くの人たちと関わる以上は気をつけたいと思っています。

66. 「人生が終わったあとに」

あるドラマで主人公が語った言葉。
「人の人生は、死んだら終わりじゃなくて、死んだ後に周りの人に与える影響も含めたところまでがその人の人生なのかもしれない」 私はドラマってほとんど見ないのですが、その日はたまたま見てみたんですね。

そのドラマでは、精神病で自殺願望のある女の子に、死んだことにして姿を消し、周りの人間がどれだけ嘆き悲しむかを見させて自殺を思いとどまらせる、という設定でした。

以前、9・11のテロ事件があったときに、ビートたけしさんがおっしゃっていました。
「何千人の人が亡くなった、という数をニュースとして聞くけれど、そこには単純にその人数だけではなく、その数に付随する数の悲しみがある」と。
その人たちの家族、友人達、愛する人たち、それぞれの犠牲者に伴う悲しみの数までもが、その悲劇の中に含まれている。

私にも、愛する人たちを失くした経験があります。
亡くなった後にしばらく続く喪失感、悲しみ、寂しさ、切なさ。
夢だったらどんなにいいか、と思いながら迎える朝。

ただひたすらに頭の中に浮かべるその人との思い出。
似たような年恰好の人を見かけてハッとしたり、会いたい人の姿を重ねたり。

そういう時間もすべて、亡くなったその人の人生の一部なのかもしれない。
そのドラマの言葉を聞いて、胸がじ〜んとしました。

人は亡くなった後に、天国で自分の人生を振り返ったとき、「やったこと」よりも、「やらなかったこと」を後悔するそうです。
宇宙飛行士の毛利さんもおっしゃっていました。
「常識的なことだけを考えていては、新しいことはできない」

宇宙に行くことだって、「そんなバカな」「不可能だ」と言う人がいる中で開発されてきた。
今この世にあるもの、テレビだって電話だって飛行機だって、周り中に反対されたり、バカにされたりしながらも、研究し続け、開発し続けたある意味非常識な人がいたから。

常識の範囲でしか考えられない人には、大きなことはできないですよね。
だから、どんなに非常識だと言われようとも、不可能だと言われようとも、変人扱いされても、自分のやりたいことをやっていこう。

あの世に行ったときに、「あれやっといてよかった」と思えるように・・・。
そして、亡くなったあとに、「あの人がいなくなって寂しい」と、たった一人でもいいから言ってくれる人がいてくれるように。。。

67. 「リーダーは繊細」

ある番組に俳優のAさんがゲストで出ていました。
親分肌で有名なAさんは、たくさんの後輩達に慕われていますが、いつも神経が研ぎ澄まされてしまって、熟睡できないのだそう。
ホスト役の方がこうおっしゃいました。「男の中の男っていうのは繊細なのだ」と。

親分肌の人って、人を気遣えて、面倒見たり、いろいろ配慮できるから人の上に立てるわけで、それだけいろんなことに気がつくっていうことは、繊細なんですよね。
私が親しくさせてもらっている人たちにも、まさに親分肌の方がいらっしゃいますが、やはりとても繊細で、常に人の動きを見て配慮している。

大雑把で鈍感で、気がつかなくて、配慮できないっていうような人がリーダーになることって、あんまりないですよね。

私は仕事的に、リーダーシップをとらないといけないことが多いわけですが、配慮できているかどうかはわからないけれども、繊細だとか感受性が強いなどと言われることが時々あります。
でも今まで私はそれがとてもイヤでした。

それだけ、神経質だったり、弱弱しかったり、傷つきやすいような様子を人に見せているっていうことになるなと……。

でもそうじゃないんだな、と番組ホスト役の方の言葉で思いました。
何事に対しても、細かいことに気がつかないような人は、到底人の上に立てないわけで、そういう人には人も付いていかないわけですよね。

一見、繊細さってリーダーシップに必要ないような気がしちゃうけど、そうじゃないんだなって。
番組を見て、新たな発見をしました。

68. 「生まれながらにして」

私はライターの仕事もさせていただいていますが、実は、文章を書く訓練とか、勉強をしたことが一度もありません。
たまたま人とのご縁で、ライターのお仕事をさせていただくことになったので、出版社に勤めていたことがあったわけでもなく、ライターの仕事をしたくて職を探していたわけでもないんです。

誰かに文章のことをアドヴァイスしてもらったこともないから、まったく自分の感覚だけを頼りにやってきました。

だから、ライターになりたくてスクールに行ったり、出版社や編集プロダクションに売り込みをしている人たちが大勢いる中、とてもラッキーだと思っています。
ただ、ライターと名乗るとき、勉強をしたことがないということが、コンプレックスでもありました。

でも、ここ数年でたくさんの人たちと出会い、勉強なんてしなくても活躍している人たちがたくさんいることを知りました。
イラストレーター、画家、パティシエ、作家、いろんな職業の人たちと親しくなり、その人たちの何人もが、勉強を一切したことがなく、自分の感覚だけでやっている。

一度もお菓子作りを習ったことがないパティシエの友人が言いました。
「生まれつき、DNAにお菓子作りの情報が入っていたみたい」

もちろん、お勉強して知ることも多いから、必要だと思うけれど、勉強しなくちゃできないっていうこともないんですよね。
「小説家は生まれつき小説家」という言葉があるそうです。

「マーフィーの法則」の中に、「カルチャースクールに通う人はそれまでだ」みたいなことが書いてあるそうです。

思えば、幼少時代から本が大好きで、書いた作文は必ず、学校の先生によって作文コンクールに選出されていました。
フラも踊っている私ですが、踊りも物心ついたころから大好きで、子供の頃の夢は「ピンクレディになること」でした。
学校の部活もバトントアラーやジャズダンスだったし、何かというと、文章を書くようなことをしていました。

自分が一番好きなこと、向いていることって、天命なんだと思うし、それって生まれたときから、いえ多分、生まれる前から種がしっかりと魂の中に根付いている。
だから、もしコンプレックスを持ったり、自信がなくて発揮できない人がいたら、どうかコンプレックスを持たずに、自分が好きなことは、自信を持って発揮してもらいたいと思う。

69. 「例外はある」

何かをやろうと思ったり、夢を描いたりしたとき、そんなの無理に違いない、と思ってしまうことは誰にでもあると思います。
そんな人聞いたことがない、そういうパターンは前例がない、そんなことを言い訳に、諦めたり、迷ったりすることもあります。
前例がない場合は、自分が第一号になればいいわけで、そんなことで限界を作るのはもったいないです。

たとえば、私の友人の話ですが、ある憧れの野球選手がいました。
そこで、練習を見に行き、球場から更衣室へ移動するその選手に寄っていき、話しかけ、自分を印象づけたあとに、なんと、その野球選手が住んでいる宿舎宛に電話をかけて本人と約束をとりつけました。すごいでしょう?
その後、その選手と付き合うところにまでこぎつけました。

その選手曰く、「普通、ファンの子というのは恋愛対象外だし、話かけられたからって、その後個人的に会うなんてありえない」そうなんです。
だけど、その選手は、彼女から最初に話しかけられたときに、単純に好みのタイプだったこともあるのですが、何かを感じて会うことにしたそうなんです。

私の場合ですが、もう8年ほど仲良くさせてもらっている漫画家のMさんとの出会いは、雑誌の取材でした。
以前より、一度会ってみたいと思っていたので、取材でお会いできたときは本当に嬉しくて。
その後も仲良くさせてもらうことになるとは夢にも思っていませんでした。

Mさんは、私に会うたびに言います。
「取材で出会ったのよねー。考えられないわ。絶対にありえないことなの。仕事で会った人をプレイベートに巻き込むことは絶対にないから。あなただけよ」と。

以前、ある組織からお仕事を貰ったとき、前例のないことを提案し、一度は断られたものの、最終的にはOKになったこともあります。
世間で先駆者とか第一人者と言われている人たちはみんな、周りから非常識だと言われることもあっただろうし、無理だと決め付けられたり、理解を得られないこともあったでしょう。
でも、それでも限界を作らずにやったから、大きなことも成し遂げられたんですよね。

だから、前例がないからといって、周りに反対されたからといって、諦めないでほしいと思います。
例外はあるのですから。

70. 「幸せと不幸せの数」

悲劇というのは突然やってくる。なんの前触れもなしに。
現実を受け入れるということは、時にとても残酷。

夢だったらどんなにいいか、タイムマシーンに乗ってやり直せたら、そんなふうに切実に願ってしまう日々・・・。
どうして私ばっかり。
自分なんて幸せと縁がない人間なんじゃないか。

ぶくぶくと、海の底に沈んでいくような感覚のときは、そんなことまで考えてしまう。
他人ばかりが幸せに見えてくる。

だけど、最近、ふと思ったんです。
もしかしたら、幸せの数と不幸せの数は、同じなのかもしれない、と。

光が濃ければ闇も濃いのと同じで、幸せをたくさん味わった人は、その分、不幸せも味わうのかもしれない。

家族が多ければ、それだけ楽しくて幸せだけど、その分、悩み事や揉め事も多いかもしれないし、人数分の不幸も味あわなくてはいけない。
友人が多ければ、共有する幸せもたくさんあるけれど、その分、共有する悲しみも多いっていうことだし。

だから、もしかしたら、不幸せをたくさん味わっている人は、それだけ幸せもたくさん味わっているのかもしれない。
ただ、自分の人生を振り返ったときに、不幸せな体験のほうがより一層インパクトが強く浮き上がってくるから、幸せな体験を忘れがちになってしまう。
そして、自分の人生は大変なことばかり、不幸な人生だ、と思ってしまったり。

だけど、幸せとか不幸せって、人によって考え方も感じ方もそれぞれだとは思うけれども、実はその人が受け止められる許容範囲でしか起こっていないし、ちゃんと同じだけ与えられているのではないかな、と思う。
そう思いたい。

71. 「直感で生きていく時代へ」

最近、身を持って感じることがあって、つくづく思うのは、
「みんながそれぞれ自分の直感や信念で生きていく時代に入っている」のではないかと。
たとえば、私も大好きな占い。

これは、古い時代の人たちの考えや統計学で作られていますよね。
でも、みんなが自分の信念で生きていけば、どんどん当たらなくなってくると思うのです。

たとえば、西洋占星術では今年は良さそうなのに、他の占いでは、今年は最悪、じゃあどっちを信じればいいの?なんてこともありますよね。
あるスピリチュアル・リーダーも言っていました。
「何かを信じる人は、そういう運勢になっていく」
つまり、四柱推命を信じていれば、その運勢通りになるし、西洋占星術を信じれていればそういう運勢になる。

もちろん、基本的な性格とか、持って生まれた資質みたいなものは、当たると思います。
参考にするのはいいと思うし、楽しみのためにチェックするのはいいと思います。

私も、いろいろチェックして楽しんでいますし。でもあくまでも参考程度です。

たとえ、生まれ持った星の配置が最悪でも、自分の行動で運勢は変えていけますよね。
私の友人がある存在からメッセージを受け取ったときに、「意識の力こそがすべてに勝る」という言葉を受け取ったそうです。
何事も、自分の力で変えていけるんですよね。

先日、私が瞑想中に受け取ったメッセージは、
「古い概念、人の意見に頼らないで、自分の感覚だけを信じなさい。人の言葉に惑わされないで。
今までの時代の古い考え方やスタイルから一歩離れて、自分の信じる世界で生きなさい」
ということでした。

ある成功している人が言っていました。
「目の前にいる人たちに受け入れられなくても、自分が信じるとおりのことをしていたら、もっと上の視点を持っている人たちに認められて、最終的には世間一般にも受け入れられるようになった」と。

とにかく、まず、「決める」ことが一番重要で、そして決めたら、「自分の信じる事をやりとおす」こと。
人の意見も大事だけど、なによりも、自分の直感、信念で生きていけば、反省することはあっても、後悔することはない。自分の人生は自分のもので、人のためにあるわけではないし、人のせいでもないから。

72. 「恐れずに発信しよう」

プロのセラピストになるための心得などを生徒さんたちにお話する機会があります。
みんなの不安の1つに、目立つことでいやな思いをしないか、というものがあります。

たしかに、目立てば嫌われることもあるでしょう。
でも、嫉妬やねたみなどを受けるというのは、それだけ大物になったという証だと思うしかありません。

存在を知られることがなければ、楽かもしれないけれど、それほど活躍もできません。
どんなに人気のアイドルだって、その人を嫌いな人はたくさんいます。

先日、講座内で、ある人気タレントさんの名前をあげて、「好きな人いますか?」と聞いたら、一人もいませんでした。
そして、「では、むしろ嫌いだという人」と聞いたら、何人も手をあげていました。
そのタレントさんは月9で主役を何度もしているような国民的人気者です。

そんなものなんです。
誰かに嫌われないように過ごすなんて無理だし、誰にも嫌われないっていうことは、誰からもそれほど好かれないってことなんじゃないかと思います。

セラピストとして活動していくためには、ある程度自分を宣伝したり、発信していっていただきたいなぁって思っています。
もちろん、自分を自分以上に見せる必要はないと思います。

嘘書いたり、見栄張ったりはしなくてもいいと思うんですが(笑)、でも自分を最大限に良く見せることは良いことだと思います。

そして、ブログやHPなど、「不特定多数の人が見ている」場所で発信するときは、言葉、内容に注意をして欲しいと思います。
誰かを悪く書いたり批判したり、個人名を出さなくても誰かわかるようなことを書くなどはしないほうがいいですね。

最大限に気をつけて書いていても、批判してくる人はいるかもしれません。
でも、自分の考え、思いを伝えることって、そういうリスクはつきものです。
批判されるほど、自分の存在を多くの人に知ってもらえたって思うしかありません。

人気の作家さんは、売れる本ほど批判も多いそうです。
先日読んだ樋口裕一さんの「読ませるブログ」という本にもこう書いてありました。
「自分が書いた事を、すべての人が自分の思い通りに受け取ってくれることは、絶対にありえない。
開かれた世界への情報発信は、意見の異なる人との交流も含んでいる。
批判されたら、そこに新しい視点を見つけ、自分の成長につなげるべきだ」と。

すべての人に賛同してもらったり共感してもらったり、好いてもらうなんて無理だから、最低限のマナーを守りながら自分が信じることを発信していき、そこについてきてくれる人だけをありがたく思っていけばいいのだと思います。

73. 「信念が病気を作る」

心の問題、体の問題、人は誰でもいろんなことを抱えていると思います。
まず、それを手放したいとか、今の自分から変わりたい、と思えることが素晴らしいこと。
そう思うことだけでも十分変わっていっていると思いますし、講座を受けようと行動を起こす勇気と決断力を持つ自分を称えて欲しいと思います。

ハワイの教えに、「現実は自分の思うようになっている」という考えがあります。
つまり、自分が思ったことがそのまま現象として現れている。
でも自分には自覚がなかったりすると、なんで自分がこんな目に?なんて思ってしまう。
病気でさえも、自分で作り出していたり・・・。

あるスピリチュアル・リーダーBさんのセミナーでのこと、Bさんがみんなの前で受講者の一人を選んでデモンストレーションをする時間がありました。
その受講者の方は、乳がんで手術をすることになっていました。

Bさんは彼女に聞きました。
「乳がんになったことで、何かあなたにメリットがあるとしたら何ですか?」
彼女は言いました。
「家族が1つになりました」

つまり、ばらばらだった家族が、自分の病気をきっかけに絆ができて一つになったということだったんです。
Bさんは、「あなたが病気にならなくても家族は1つになれますよね?」と問いかけました。
つまり、その受講者の乳がんになったきっかけが、「自分が病気になれば家族が一つになれると」と信じていたことが大きな要因だということでした。

ある自然療法の有名な先生も「信念が病気を作っている場合は、いくら治療しても治せない」とおっしゃっているそうです。
病気というのは、いろんなことに気づかせてくれるメッセージ。
そして自分に起こることは自分が作り出している。
自分の現実は自分が作っているということを理解できれば、無駄に誰かを恨んだりすることもなくなるのではないでしょうか。

74. 「友人関係でがっかりしたときは」

自分が仲良くしていた友人の意外な一面を見たとき。
信頼していた友人から、思いもかけない傷つく発言をされたとき。

ずっと仲良くしていたけど、がっかり、なんていうときもありますよね。
やはりお互いに人間同士だから、相手の言動にイラっとしたり、ムっとしたり、がっかりするときもあるでしょう。

私も、長年仲良くしていた友人の、びっくりするような発言を聞いて、げんなりしたこともあるし、悩み事を深刻に話しているのに、軽くしか受け止めてくれなかったことにがっかりしたり、相手はなんとも思っていなくても自分は傷ついた、なんていう経験もたくさんあります。

でもあるとき気がつきました。
私は相手に求めすぎていたんだって。
一人の人間に、あれもこれもわかってもらおう、っていうほうが無理なんですよね。

自分の理想を相手に求めてもそれはこっちの勝手というもの。
全部を兼ね備えた人なんているわけがない。
だから、人によって、分ければいいんだと気づいたんです。

「この人は、食事を気軽に楽しむ友人」
「この人は、深い話をする友人」
「この人は、軽い話だけをする友人」
「この人は、一緒に旅行をする友人」

そうやって割り切れば、がっかりもしない。
自分の友人全員を併せれば、自分の理想の友人一人分になる、って考えてみる。

もちろん、自分だって欠点だらけの人間ですから、自分の友人にとっての、何か1つの部門を満たしていたらいいなって思うんです。
たとえば、「スピリチュアルな話ができる相手」「ハワイの話ができる相手」「ご飯を食べる相手」とかね。

そう考えるようになってからは、友人関係にそれほどがっかりしなくなったし、なんだか楽になりました。
自分だって完璧な人間じゃないのに、一人の相手に何でもかんでもわかってもらおう、なんてずうずうしすぎました(笑)。

もしも悩み事を話しても理解してもらえなかったら、がっかりするのではなく、話す相手を間違えた、と思えばいい。
誰にでも得意分野と不得意分野があるのですから。

75. 「家族関係で不満があるときは」

講座や個人カウンセリングを通して感じることの1つが、家族関係で悩んでいる人が多いということ。
特に母親との関係で問題を抱えている人が多い。

こう考えたらどうでしょうか?
「母親、もしくは父親とは話が合うほうが奇跡」
両親の年齢を考えたときに、大体平均として、20歳以上違うわけです。
20歳も年の離れた人。しかも、違う時代を生きてきた人です。
考え方が違って当然だし、気が合わなくて普通。

そう考えたら少しは気が楽になりませんか?
要は、異文化の人だと思ってしまえばいいのです。

親にわかってもらおうと躍起になって説得したり、理解してもらえずに悩んでしまうというのは、多かれ少なかれ誰にでもある経験だと思います。
自分よりも20年以上も長く生きてきた人の考え方を変えることは難しいです。

そもそも、人を変えるということはなかなか難しい。
だから、最初からわかってもらおうと思わずに、わかってもらえなくて当然、くらいの気持ちでいて、もしも万が一わかってもらえたらラッキー、と考えていればガッカリしなくても済む。

兄弟、姉妹との関係で悩んでいる人もいますが、家族だから、血縁だから、と思うから余計悩んでしまうわけで、そういうときは、「たまたま同じ両親の元に生まれた他人」と考えたほうが気が楽になるのでは、と思います。
兄弟だから、姉妹だから、濃厚な関係を気づかなくてはいけない、というわけではないと思うのです。

家族、血縁という枠にこだわってしまわずに、ただただ、一緒にいて心地いいか、縁を感じるか、ということを中心に人との関係を築いたらいいのかな、と思います。

76. 「柔軟性は可能性を広げる」

このところ、柔軟性について考えていました。
私の知っている人で、常になんでも断言する人がいるんです。
何事も「私はこう思う」ではなくて、「あれはこうなんだ」と言い切る。
そういう人っていうのは、やっぱり、すごく頑固だし、人の意見を聞き入れない傾向にあります。

一生懸命っていうのはいいことだけれど、ともすると頑なになってしまうので、可能性を制限しちゃうと思うんです。
何事にも柔軟にっていう姿勢は可能性も広がるし、本人も受け取るものが多いから得だと思います。

私はマクロビオティックのアドヴァイザーの資格をとったけれど、マクロビは私のたくさんあるアイディアの中のひとつにすぎません。
マナカードも日本で広めているけれど、マナカードだけが自分の中の価値観ではありません。

なんでも耳を傾けるし、興味を持てたら取り入れるけれども、それだけがすべてではないし、それだけが一番正しいとも思っていません。
世の中には、いろんな常識の人がいるから、それぞれの価値観にあったものを選べばいいと思います。

今日、久しぶりにマクロビの学校の先生のブログを覗いたら、とても素敵なことが書いてありました。
クシ・マクロビオティック・アカデミーのW先生のブログの中に書いてあったのですが、クシ・マクロビオティック・アカデミーの久司道夫先生とマクロビの創始者桜沢先生とのエピソードです。

桜沢先生が、「道夫、ドーナツでも食べよう」と言って、ドーナツとコーヒーを注文されたそうです。
久司先生も、師匠に合わせてドーナツとコーヒーを注文したものの、マクロビ対応のドーナツではないから食べるのを躊躇していたそうです。

すると、桜沢先生は、「道夫、ドーナツ美味しいよ。食べないのなら、もらうよ」とおっしゃって、久司先生のドーナツを美味しそうに召しあがったのだそうです。
久司先生は、桜沢先生が、もっと自由に物事を考えたら良い、ということを見せてくれたのではないか、とおっしゃっていたそうです。

W先生は、このお話を聞いて、自分がいかに柔軟性がないか気がついたんだそうです。
先生は、こう書いていらっしゃいます。
「わたしの知っているマクロビオティックを長く続けている人こそとても柔軟で、時と場所に合わせて自然にさらり、とされている方が多いように思います。
これからの季節、職場やお友達、親戚の集まりが増えてきますが、周りの方たちと良いハーモニーを築き続けたいですね」

とてもいいお話だったので、ご紹介させていただきました。

以前、あるマクロビの1dayのレッスンに行ったときのこと、そのときの担当の先生が、あるファーストフードが大好物だとおっしゃっていて、親近感がわいたのを覚えています。
また、クシ・マクロビオティック・アカデミー での初めての授業のとき、担当の先生が「無農薬が手に入らなければ農薬がついていても買うし、出先で自然食のレストランがなければ、どこででも食事をします」とおっしゃっていて、そのときもすごく安心した私です。

ある有名なマクロビの先生も、授業のときに「病気の治療でマクロビを実践するならともかく、そうじゃないならゆるーくがいいですよ」とおっしゃっていました。
何事もほどほどに、柔軟性をもって、周りと協調性も保っていきたいですね。

77. 「子供が欲しい!?」

先日、独身女性の友人の家に遊びに行きました。
その友人は現在婚活中。きちんとした結婚相談所に登録して積極的にお見合いをしています。

登録者だけが見られるサイトでお相手を検索し、気に入った人がいたらお見合いを申し込む。
そして相手が承諾すればお互いに1万円ずつ払って会うのだそうです。

入会金、月会費を払っている上に、お見合いのたびに1万円!
彼女が言うには、「1万円払うから、誰とでも会おうとは思えなくなってくるし、逆に相手にも、よっぽど会いたいと思ってもらえないと断られる」とのこと。

さらに、もっとも傷つくのは年齢でより分けられるということ。
「男性はみんな若い女性が好きなのよ」と言いながら、サイトに登録している男性陣のデータを見せてくれました。
40代後半くらいでも、女性の希望年齢35歳くらいまで、なんていう人が多い。

しかも、若い分にはいいらしく、18歳〜35歳、だなんて書いている人もぼちぼちいる。
結局、子供が欲しいから女性は若くないとダメということらしい…。

そこであることを思い出しました。
以前、友人達との集まりに来ていた初対面の男性が、お嫁さん募集中だとのこと。
私の周りには独身女性がたくさんいるから、紹介できるかもしれないので条件を聞いてみました。

いろいろ話した後、最後に彼が言いました。
「いやぁ、贅沢は言わないです。あとはもう、子供さえ生んでもらえれば」

これがたいていの日本人男性の本音なのでしょうか!?
私の友人には、「子供を作らない」という選択をした夫婦が何組かいるし、籍をいれず子供も作らない事実婚をしている夫婦もいますから、結婚の条件に子供が入っている人たちがいるって、昔ならともかく、今の時代に!?とびっくりしてしまうのです。

子供って、愛しあった結果、ついてくるものですよねぇ?
最初から子供ありき、なんて……。
しかも今の時代、子供ができない人も多いです。

これはもう、夫婦のどちらが悪いとかではなく、健康な男女が結婚しても、子供に恵まれない夫婦は星の数ほどいます。
少なくとも私の周りには多いです。

子供が欲しい気持ちはわかるけど、あくまでも子供は恵まれればラッキーだ、という位の気持ちでいないと、女性が傷つきますよね。 私はその男性にはっきりと伝えました。
当然のように女性に子供を求めるのは酷なことです、と。
子供ができなかったとき、悩んで傷つくのは女性のほうなんです。

若く結婚してもできないときはできないし、高齢出産で健康な子供を産む人もいます。
こればっかりは縁ですから……。

78. 「ただ縁なだけ」

先日、女性何人かでご飯を食べていたときのことです。
一人の友人が最近ある男の人に失恋した、と落ち込んでいました。

せっかく自分を気にいってくれていたのに、自分が素直になれず、相手に不本意な態度をとってしまい、うまくいかなくなってしまったとのこと。
もう一度連絡をとってみたら?と勧める私たちに、それはできない、と答える彼女。

何日か前に勇気を出して送ったメールに彼からの返事はきていないし、もう嫌われてしまった、と。
いまさらまたメールを出したところで、相手になんて思われるか……、しつこいと無視されたらまた傷ついてしまう、もうこれ以上傷つきたくない。
彼女の気持ちは私にも理解できます。

そのときに、その場にいた一番年上の大先輩がこう言いました。
「相手がどう思うかではなくて、自分がどうしたいかを考えて。あなたは会いたいの? だったら自分の気持ちに正直になってもう一度メールしてみたら? もしそれで返事がこなくて拒否されたとしても、それはあなたに魅力がないとか、あなたが悪いとか、プライドが傷つく、とかではないの。ただ縁がなかった、ということなだけよ」

私はこの言葉を聞いて、すごく素敵だな、と思いました。

「ただ縁がなかっただけ」
そう考えたら気持ちが楽になりませんか?

誰かとの関係がうまくいかなかったとき、特に恋愛で別れることになったらふられたりしたら、自分に自信がなくなりますよね。
でも、それは誰が悪いとか、魅力がないとかではなくて、ただそれだけの縁だったということ。
もし1年つきあって別れたとしたら、カルマの解消をするために1年間だけ縁を紡ぐ必要があった、と考えればいい。

本当に縁があれば、どうしたって出会うし、縁の分だけ関わることになる。
逆に、縁がなければ出会うこと自体もないだろうし。

たとえば、縁を無理矢理作ろうと思えば、作れなくもないかもしれない。
街に出てナンパして、連絡先を交換して、なんていう出会いも、その日その時間そこを歩いていた、という縁はある。
でも、もともと縁がない人とは、それ以上はかなり努力しても続けていくのは難しいのではないかなと思う。

どんな出会いかたをしても、どんな別れ方をしても、縁があるというのはすごいこと。
この地球上に存在する人の数を考えると、たとえ1回しか会わなかったとしても奇跡に近いこと。

人は出会えば、何かしらの影響を与え合う。
そして、恋愛感情を持つということは、かなりの確率で過去生でも深く関係していたはずだし、今生での出会いも約束していたはず。

だから、もしも好きなのに諦めようとか、片思いで悩んでいる人がいたら、ぜひ、勇気を出して相手に近づいて欲しい。
たとえうまくいかなくても大丈夫。それは誰のせいでもない、ただそういう縁だったというだけだから。

79. 「自分を中心に考える」

最近、私にいろいろと考えさせてくれる人物との出会いがありました。
その人というのは、世間の常識にあまりとらわれていない人。
常に「人がどう思うか」ということを考えてしまう私には、かなり新鮮でもあり、勉強にもなり(笑)。

この「人がどう思うか」ということを気にしてしまうクセは、自分でも手放したいと思っているのですが、中々手放せない。
「普通こうだよ」「世間ではこうだよ」と言っても、「だから?」「自分はそんなこと気にしない」と自分を貫くその人物の様子は、私になにか大切な事を教えてくれているような気さえします。

「人がどう思うか」を考えるあまり、「自分がどうしたいか」をまったく考えずに行動してしまうというのは、すごく損をしているんですよね。
かといって、あまりにも自分中心もいけないし、バランスが難しいですね。

こんなこともありました。
あることで悩んでいたとき、あまりにも答えが出なかったので、何人かの人にリーディングしてもらったのです。
ところが、出てきた結果は三者三様。
却って迷う原因になってしまいました(笑)。

そして、瞑想中にハイアーセルフからこんなメッセージを受け取りました。
「自分の直感を信じないのは、自分を大切にしないこと」
なぜもっと自分の直感を信じないの? 他人の意見を頼ってなぜ遠回りをするの?
ハイヤーセルフから叱咤激励されました。

自分の直感に勝るものはない。それなのに、他人の意見を聞いてしまう。
それは自分の弱さゆえ。反省しました。

もっと自分を中心に考え、自分の直感を信じて行動する。
最近の私の課題です。

80. 「女性は強い」

女性は強いなぁって思います。
肉体的な力はもちろん男性のほうが強いと思いますが、精神的には女性のほうが断然強い。
怪我や病気をしたときに弱いのも女性より男性だと聞きます。

私の女友達が愚痴を言っていました。
「自分はたとえ具合が悪くても、子供の世話はしなくてはいけないし、頑張ってご飯の支度もする。でも旦那さんはちょっとの熱でも大げさに寝込んでしまう」と。

女性は仕事と家事と子育て、と両立して頑張ることができるけれど、男性にはそれができないといいます。
脳の仕組みからも科学的に証明されていますが、男性は1つのことにしか集中できないそうです。

だから、仕事に集中すると、他のことに気が回らなくなってしまいます。
反面、女性は一度にいろいろなことができるので、仕事をしながらも子供の事を気にかけたりできるというわけです。

私の男友達がよくこんなことを言っています。
「女性には逆らわないようにしているんだ。女性の直感は正しいから」

こんなふうに思っている男性はまだまだ少ないようで、特に日本では、力のない(ように見える)女性、男性よりも弱い(ように見える)女性が好かれます。

私の周りでは、シングルマザーがモテる、という伝説があります。
子供を抱えて困っている、助けてあげなくちゃ、っていうことなんでしょうね。
つまり、男性は困っている女性が好き、ということらしいです。

実際、私の周りでは、バツイチで子持ちの女性が初婚の男性と結婚する例が非常に多いです。
一体何組いるか数え切れないくらいです。

日本人の男性は、自分よりもレベルの高い女性は苦手で、自分よりレベルの低い女性を選ぶ人が大多数だといいます。
自分よりも自分の奥さん、または恋人が活躍すると喜べなくて破局になるパターンも時々聞きます。

男性のプライドとか、自尊心みたいなものがあるのだと思うのですが、そこはひとつ頑張っていただき(笑)、自分よりもデケル女性を選んで、自分も負けないぞーと奮発することで仕事に成功していただきたいですね。
私の周りには、奥さんのほうが有名、奥さんのほうが稼いでいるっていうカップル、何組かいらっしゃいます。
みなさん旦那さんのほうは特にそれを気にしている様子もないし、逆に、理解して応援していらっしゃる。

仲良くさせてもらっている有名漫画家の友人は、旦那さんとの出会いは雑誌の取材。
カメラマンとして取材にきたのが旦那さんだったわけですが、彼女の人気がどんどん上がっていく中で、旦那さんが「決して天狗になるなよ」と注意してくれてとても有難かったそうです。
どんなに有名になっても、普通の一人の女性として見ていてくれたとのこと。素敵ですね。

ほんとに器の大きい人は、どっちが成功しているとか、どっちの収入が多いとか、どっちが強いとか気にしないんですよね。
だって、しょせん、女性のほうが強いんですもの(笑)。
弱そうに見える女性は、そう見えているだけ。弱いフリをしているだけ。

旦那さんに先立たれた女性は一人でも強く生きるけど、奥さんに先立たれた男性はしょぼ〜んとしちゃって、すぐに再婚相手を探したりしますものね(笑)。
女子校出身で、ふだん女性ばかりを相手にしている私が断言します、弱い女性なんていません(笑)。

81. 「第三者になってみる」

英国の占星術師ジョナサン・ケイナー さんの占いに書いてあったことがとてもわかりやすく、最近私が実感していたことと同じだったのでご紹介します。
ジョナサンの占いは読みが深くて、そしてときにゾっとするほど自分の心境にぴったりなこともありで、毎週の予報も、毎日の予報もかならず読んでいます。

あるとき、こんなことが書いてありました。
『ふたりの人間が同じ言語を話す場合は、何もしなくても相手が自分の言っていることを理解するはずだと互いに思い込んでいるものです。
言葉は人を誤り導くことがよくあります。私たちは頭の中で予想し、「あの人が言おうとしていることはわかっている」と思うのです。そして、相手が話しているときに聞こえてくることを、自分が聞きたいと思っていることのイメージに当てはめるのです』
(ジョナサン・ケイナーの今日の予言より抜粋)

これ、本当にそうだなぁって思います!
こちらはそんなつもりじゃなかったのに、と思っていても、向こうはそう受け取らなかった、ということってありますよね。

人は不安や恐れを持っていると、相手の言葉や態度を悪い方へと考えてしまう。そして勝手に誤解したり。
そして希望や期待を持っていると、相手の言葉や態度を自分の都合のいい方に考えて嬉しくなったり。
結局自分というフィルターを通して相手を見ているから、どうにでも誤解もできますよね。

私は、誰かとのコミュニケーションがうまくいかなかったときは、まず、自分が相手になったつもりで、反対側から自分を見てみます。
そしてさらに、自分の立場でも相手の立場でもなく、第三者になってみて状況を客観的に見つめてみるという作業をします。
そうすると、もしかして自分はこういうつもりだったけど、相手はこう感じたのかも、と理解できる気がします。v

82. 「自分のルールブックで生きる」

今まで一般常識とされていたことがどんどん崩れていく。新しい価値観がどんどん広がっていくのではないか、と感じることが多い今日このごろです。

英国の占星術師ジョナサン・ケイナーさんの占いに書いてあったことがとてもわかりやすかったのでご紹介します。
『数々の聖典に関する問題は、それぞれ言っていることが違っていて、その指示に従おうとしている人々の間に大きな衝突を生みだすことです。実際には、自分自身の心というルールブック以外に世界共通のルールブックなど存在しないのです。今週、あなたのルールブックは何が正しいことなのかを知っています。自分のルールブックを信じるときです』
(ジョナサン・ケイナーの今日の予言より抜粋)

これからは、各個人が自分のルールブックにのっとって生きていく時代なんじゃないかなぁって思います。
そもそも、常識って人それぞれですものね。

国が違えば法律が違って、ある国では罪といわれていることも他国では合法だったり。
今までは、「そんなの非常識」と言われていたことも、みんながどんどん自分の意志で成し遂げて行くことで世界がもっと素敵に変わっていくのではないかと思うのです。

今地球は人間の勝手な行いによる環境汚染を抱えています。
かつて、私たち人間はもっと高い精神性を持っていたはずなのに、どんどん失われていっています。

そんな地球を助けるために、特別な意識を持った魂たちが地球に生まれてきています。
そのような子供達は「インディゴ・チルドレン」や「クリスタル・チルドレン」などと呼ばれています。

大体、インディゴたちは1970年代後半(大体1977年頃から)から1994年頃までに生まれていて、クリスタルたちは1995年以降に生まれていると言われています。

独特の完成を持ち、戦士的な指名を持つインディゴたちは、世間からは問題児とされてしまうことが多いのですが、世界を変えるために革命を起こしていきます。
そのインディゴたちの筆頭が今ちょうど20代後半〜30代前半になってきていますから、どんどん世の中を変えて言ってくれるのではないかと期待したいところです。

古い価値観にとらわれない、自由な発想と、魂の欲求に逆らわずに純粋に人生を楽しんで生きる、そんな世の中にどんどんなっていくんじゃないかなぁと思っています。

83. 「真実の愛とは」

不倫で悩んでいる人の話をよく聞きます。
結婚していても、割り切って他の異性と楽しんでいる人も多いなか、不倫で悩んでいる人もとても多く、この問題はいつの時代も普遍なのだなと思います。

不倫という言葉はとても罪深いことのような響きがありますが、国が違えば一夫多妻も一妻多夫もあるわけで、不倫自体が悪いことであるとは私は思いません。
不倫から成就し、その後ずっと幸せに暮らしているご夫婦を何組も知っています。

誰が誰を好きになるか、結婚しているからってその気持ちを止めることはできません。
広い宇宙から見たとき、誰が誰と肉体関係を持つかなんて、とても小さな、どうでもいいことなのだろうと思います。
だけど、もしもその行為によって誰かを傷つけたとしたなら、そのことにおいてのひずみは、傷つけた人が請け負わなくてはいけなくなるのではないでしょうか。

真実の愛というのは、「相手の幸せを願えること」ではないかな、と思います。
だから、もしも自分が不倫をすることで、大切な人を傷つけるのだとしたら、やめるべきだと思いますね。

以前、あるスピリチュアル・リーダーの男性が言っていました。
「誰が誰と肉体関係を持とうと、罪ではない。でも自分の奥さんは、他の女性と肉体関係を持って欲しくないと言っている。自分は奥さんが大事だから、他の女性と関係を持つことはしない」と。

自分の幸せよりも相手の幸せを願ってあげられる、これ以上の愛ってあるでしょうか?
思えば、親からの子に対する愛も、そうじゃないかなと思います。
ただ、親から子への愛は、自分の血をわけ、手塩にかけて育てるわけですから、努力なしでも自然に湧きあがってくるものだと思います。

男女の愛の場合は、赤の他人同士ですから、相手の幸せをひたすらに願えるくらいの深い愛情を持てるようになるには、お互いの努力や信頼が必要になってきますよね。
もちろん、持って生まれた愛情深さもあると思います。
それほどの深い愛情を持てるような人であればきっと、目の前にどんなに魅力的な異性が現れても、理性で自分を抑えるのかもしれませんね。

自分はこの人の幸せを100%願ってあげられるな、という相手に出あえたら、それだけで幸せなのかもしれませんね。

84. 「悪意を捨てて愛をとる」

時代を経ても読み継がれている名著は世の中に何冊かありますが、私がお勧めしているのは、カーネギー著の「人を動かす」です。
「人を動かす三大原則」「人に好かれる六大原則」「人を説得する十二原則」「人を変える九原則」「幸福な家庭をつくる七原則」が書かれているのですが、どれも本当に納得してしまう内容です。

円滑な人間関係を過ごすために必要なことがわかりやすく書いてあるので、どの世代の人が読んでも心に響いてくると思います。

個人的に心に響いたのは、人を批判しないということについて書かれた箇所でした。どんなに悪人と言われている人でも、その人にしかわからない事情というものがあって、悪事をしなくてはいけなくなった理由があるかもしれない。
著書にはこう書いてあります。

「人を非難するかわりに、相手を理解するようにつとめよう」
「すべてを知れば、すべてを許すことになる」
「神様でさえ、人を裁くには、その人の死後までお待ちになる」

わかりやすい話があります。
私が仲間達と国内の某所へ出かけたときのこと。
その旅には一人ご高齢の女性が参加していたのですが、Yさんという男性がその高齢の女性の介添えをしてあげたときに、変な体勢になり足を痛めてしまいました。
ところがYさんはみんなにそれを言うと心配をかけるから、パンパンに足が腫れ上がってしまっても秘密にしていました。

皆はまったくそんなこととは知らず、乗るべきフェリーに遅刻しそうになったとき、「Yさん速く!走って!」と声をかけました。
が、Yさんは足が痛くて走れないので、ニコニコ笑いながら歩いてフェリーに向かっていました。

そんな彼の姿は、「みんなが急いでいるときに、あくまでもゆっくり歩くマイペースな人。迷惑な人」という図にしか見えません。
実際、非難めいた顔でYさんを見ていた人もいたそうです。

旅も終わり、後日この話をしてくれたYさん。みんなは彼の負傷をまったく気づいていなかったので、驚くと共に、Yさんの優しさに感激したものです。
Yさんは高齢の女性に気を使って黙っていたわけだし、非難めいた顔で見られても自分の負傷を黙っていた。

この話を知った人は、彼が優しさからそういう行動をしていたとうことがわかったけれど、知らないままの人は、彼はマイペースで空気の読めない人、と今でも思っているかもしれない。

だから、人は見えないところでいろいろな事情を抱えているかもしれない。
自分の理解できない部分を見て、「あの人のここが理解できない」と批判して決め付けてしまってはいけない。

あの人からヒドイ目にあわされた!と怒っていても、相手はまったく悪気がなかったり、相手には相手の理由があるかもしれない。

「悪意を捨てて愛をとれ」とカーネギーの著書に書いてあります。
本当に、そう心がけて暮らせたらいいなと思います。

85. 「人をうらやむことなく」

表に出さなくても、人はみんないろんな思いを抱えて生きていますよね。
すごく活躍していたり順調そうに見える人だって、実はいろんな苦労や大変なことを抱えていたり。

また、一見「活躍している」ように見えるだけで、実際、内情を知るとそれほどでもない、という場合もあります。
だから、人をうらやましく思うことには何の意味もない。
そんな時間があったら自分磨きや努力することに時間を使った方がいいですよね。

活躍している人、成功している人を見たとき、「いいな〜」「ずるい、あの人ばっかり!」「あの人は成功しているのになぜ私は・・・」というのがネガティブなパターン。
「いいな〜!」「私もあんなふうになりたい!」「どうやったらあの人みたいになれるかしら、自分でできることを探してみよう!」「追いつけるように頑張ろう!」というのがポジティブなパターン。

うらやましいと思えるような人と出会った時、妬むのではなく、逆に仲良くなったほうが得だと思います。
成功するために心がけていること、どんなふうに苦労を乗り越えてきたのか、仲良くなって教えてもらえたら、自分の成長に繋がります。

そして、成功している人は器が大きいから、そうやって慕っていれば、応援してくれたり、何かあるごとに気にかけてくれたりします。

86. 「自分を責めずに誇りを持って!」

たて続けに、何人かの人から恋の相談みたいなものを受けました。
別れた彼が忘れられない、デートしたけどそれっきりうまくいかず何がいけなかったんだろう、あの人が自分のことをどう思っているのかわからず苦しい、彼から束縛されて自由に生きられない、もう諦めなくちゃいけないのにずるずる続いてしまう。

恋の悩みは人の数だけありますよね。
誰だって振られるのはつらいし、別れるのは悲しいし、先が見えない関係は苦しいです。

でも私は、そんなふうに悩むほどの相手に出会えたってスゴイと思うんです。
元彼の呪縛から抜け出せず、次に恋ができるようになるまで時間がかかりそうっていう友人に、思わず私から出たのは「それだけ真剣に恋に向き合ったっていう証拠だから、自分に誇りを持って」という言葉でした。

だって、「ま、いっか」なんて簡単に忘れられるような相手だったら、たいした恋心じゃないし、たいして深い関係性じゃないですよね。
本当に好きで、たくさんの時間を共有して、深く思いやったからこそ、別れるときは傷つくし、その後も忘れられなかったりするのだと思うし

私は究極を言うと、結局「縁」なんだと思うんです。
1回デートしただけでダメになるようだったら、最初から大した縁じゃなかったってこと。
半年つきあって別れたんだったら、そういう縁だったんだっていうこと。

もちろん、努力すれば続く縁もあるけど、でもやっぱり、ある程度縁の薄さや濃さって決まっていると思う。
だから、自分に魅力がなかったとか、自分の何かが悪かったと考えるのではなく、自分に必要な縁が必要なだけ訪れていると考えていた方がいい。
そのほうが自分を責めずにすむし!

人との縁って本当に不思議ですよね。だって、この地球上で一生交わらない人のほうが大多数なんです。
近所に住んでいたって道ですれ違うだけの人、同じ学校に行っていたって一言もしゃべらない人もいる。

その反対で、地球の裏側に住んでいるのに友達になる人もいるし!
だから、たとえ失恋しても、逆にうまくいったとしても、必要な縁だったんだな〜って自信を持って欲しいですね。
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