ハワイの文化

ここでは、私がハワイ大学のハワイ文化の授業で学んだ古代ハワイについて紹介していきます。

 
遠い昔、ポリネシア諸島の人々は、安住の地を求めて移住していました
ハワイの人々はどこから来た?

1.紀元前1500年頃、インド・マレイの人々がトンガに辿り着きました。
2.トンガからサモアへ移住する者もいました。
3.紀元150年頃には、マーケサズ諸島へ移住する人々がいました。
4.マーケサズ諸島からはタヒチやイースター島へ移住する人々がいました。
5.紀元500〜750年には、マーケサズ諸島からハワイへ移住がありました。
6.タヒチからニュージーランドへ移住した者達はマオリ族となりました。
7.タヒチからハワイへの移住は紀元1000〜1250年頃でした。

ハワイへはどうやって来た?
カヌーで約1ヶ月かけてきました。豚、犬、鳥、タロ芋、ココナッツ、バナナ、 植物の種などを運んできました。動物は、繁殖させるため、オスとメスを対で連れてきました。
何故ハワイへ来た?
食糧不足や、災害、病気、宗教(人間の生贄制度)、厳しい支配者、などから逃れるため、というような説があります。
 
厳しい階級制度がありました。
階級制度
1.Maka'ainana
平民
(漁師、猟師、職人)
2.Ko'uwa
一番低い階級
(何の権利もなく、他の階級に嫌われていた)
3.Ali'i
一番高い階級
(この階級だけ服とヘルメットをかぶっていた)
4.Ali'inui
一番高い支配者、酋長
(各島ごとにメインの酋長がいた)
5.Kalaimoku
Ali'inuiのアシスタント
(知識を持つ年をとった賢者)
6.Konohiki
税金を集める者
7.Ilamuku
警官
Ali'inuiが死ぬと、新しいAli'inuiが土地を配分する。大半が親戚や友人達に 与えられる。
これが、戦争を引き起こす原因になることが多かった。
 
生活風景
1.お金はなく、食べ物など物々交換をしていました。税金も、食べ物や
  動物で支払っていました。
2.女性と男性は役割が違いました。
  男性→カヌーや道具や家を作る。魚を釣ったり、畑を作ったり、
  戦ったりしました。
  女性→タパ布作り、籠や服などを作る。子供の世話。
  必要なとき、したいときだけ働いていました。

3.男性と女性は別々に食事をしていました。(違う家で食べていました)
  豚、犬、鳥など肉を好んで食べていました。(牛はいませんでした)
  他には、タロ芋、ポテト、さつまいも、バナナ、グレープフルーツ、
  りんご、さとうきび、魚、70種類もの海草、などを食べていました。
  タロ芋はとても大切で、50種類ものタロ芋があり、薬も作っていまし
  た。
  調理方法としては、火で焼いたり、煮たり、蒸したりしていました。
  穴を掘った土の中に火で焼いた石をいれ、バナナの葉などをかぶせ、
  蒸し焼きにする料理をKALUAと言います。このかまどをIMUと言いま
  す。IMUでの調理は2〜6時間かかります。
  飲み物は、ココナッツミルク、水、'AWA(酒)でした。
  (コーヒや紅茶はなかった)

4. 漁は、生活の糧であり、娯楽でもありました。漁に行く前、神に祈り、
  最初に釣った魚は、神にお供えしました。
  鉄がなかったので、漁に使うかぎ針は人骨や、犬の骨や歯、木など
  で作っていました。
5.殆どの家は、ビーチの側に建てられました。何故なら、人々はビーチで
  時間を過ごしていたからです。
  Ali'iはとても大きな家に住んでいました。女性の部屋、男性の部屋、
  寝室、仕事部屋、カヌーの部屋などがありました。
6.洋服は必要ありませんでした。男性は、MALOというふんどし、女性は
  PA'Uというスカートをはいていました。
  葉で作ったサンダルや傘を使うこともありました。
  タパクロスや、鳥の羽で洋服を作りました。
  (タパクロスとは、木の皮を棒で叩いてのばしたものです)
7.娯楽として、毎年11〜2月までMAKAHIKIというシーズンがありました。
  このシーズンが始まる前には、税金が集められました。ボクシング、
  水泳、フットレース、アーチェリー、ダイビング、サーフィン、
  ボーリング、など が行われました。
 
人々は信仰深く、Kapu(タブー制度)がありました
1.Kuahu
祭壇、全ての家にありました。
2.'Aumakua
家族が信仰する神
3. Akua
自然と創造の偉大な神
4. Heiau
神殿
5.Luakini
Ali'inuiのための特別なHeiau
昔のハワイ人はとても信仰深く、また、迷信深く、Kapuとよばれるタブー制度がありました。
例えば、平民は、Ali'iを見てはいけないし、影も触ってはいけませんでした。
そのため、Ali'iが道を歩くときは、民衆は地面に伏せていました。
平民達は自分達で神に祈っていましたが、Ali'iだけは、自分専用の祈祷師を持っていました。
特に女性はたくさんのタブーを持っていました。男性と一緒に食事をしてはいけないし、ある特定の食べ物を食べてはいけませんでした。生活の殆ど全てのことに対してタブーがありました。病気は、Kapuを破ったものが罰を受けていると考えられていました。Kapuを破ると、死刑になることもありました。

Kapu制度は、カメハメハ1世の死後、1819年に廃止されました。
Luakiniは、海の近くに建てられ、石の壁で覆われていました。
ここでは、人間 の生贄がささげられることもありました。敵や囚人が選ばれました。
戦争の前などには、豚や鳥などの動物の生贄が切られ、司祭が戦争をやるかやらないか決めていました。
人間の生贄のほうが、よりパワフルで効果があるといわれていました。
 
人々が信仰深いため、Kahuna(牧師、魔術師)がとても力を持っていて、尊敬されていました。
1.Kahuna ana'ana
人々を死にいたらせる祈りの力を持つ
2.Kahuna kalaiwa'a
カヌーを作る儀式を取り持つ
3.Kahuna kuhikui     pu'u'one
heiau建設者
4.Kahuna lapa'au
病気を治す
5.Kahuna pule
伝道者
6.Kahuna kilokilo
占い師
Kahuna達は、とても知識があり、薬や航海について特に知識がありました。
 
ハワイの誕生
Wakea(sky father)とPapa(earth mother)の夫婦の間に子供が生まれました。
1番目の子供ーハワイ島
2番目の子供ーマウイ島
3番目の子供ーカホオラウェ

Papaがタヒチへ戻ってしまったので、Wakeaは2番目の奥さんKauaをもらいました。
4番目の子供ーラナイ島

Wakeaは3番目の奥さんHinaをもらいました。
5番目の子供ーモロカイ島

Papaは嫉妬して、Luaと暮らしました。
6番目の子供ーオアフ島

WakeaとPapaはまた一緒になりました。
7、8番目の子供ーカウアイ島、ニイハウ島

これは、神話です。実際には、ハワイ島が一番新しく、カウアイ島が一番古いです。

 
★アロヒナニが出会ったハワイアン文化を広める偉人たち☆
Mahealani  Kuamo’o-Henry (マヘアラニ・クマオオ・ヘンリー)
アンティー・マヘアラニは、ハワイ島在住。マナ・カードアカデミーのマスターコースにゲストで来ていただきました。とってもかわいらしい笑顔で、まさにアロハに満ち溢れています。http://alohaspiritaunty.com/
Papa Kepelino(パパ・ケペリノ)
パパKは何世代にも渡ってロミロミを継承してきたカフナです。息吹で骨折も治すといわれています。ロミロミの本でも紹介されているほどすごい人なのですが、とってもチャーミングなアンクルです!ハワイ島在住。
Nalani Kanakaole(ナラニ・カナカオレ)
火山の女神ペレへ捧げる踊りを7世代にも渡って継承しているカナカオレファミリーの一員。
Halau O kekuhi(ハラウ・オ・ケクヒ)というハラウ(フラスタジオ)のクムフラ(フラの先生)。
左上の写真は、ナラニのハラウの、フラのクアフ(祭壇)。ハラウ・オ・ケクヒの古典フラは圧巻です! http://www.edithkanakaolefoundation.org/halau/halau_index.htm
Kimo Kakahuna(キモ・ケカフナ)
ハワイ州マウイ島ハナにて代々伝わるチーフを持つ祖先の家系でハワイ文化を今も継承し広めています。サーフィン、カヌー、フラダンス、la'aulapa'au(ハーブの治癒)、lomilomiマッサージ、自国の建築とハワイの精神性を研究しています。古代のハワイの文化の中心にあったLo'Iと呼ばれているタロイモ畑を元に戻し維持するために働いています。古代の祭壇/神殿跡を取り戻すために働き、Lono(農業のハワイの神)のHeiauの管理人であり、ハワイの精神的な土地、癒しの土地をハワイ人に戻すために働くコミュニティ権利活動家です。
http://www.hanaaloha.com
Ikaika Keahiolaikaikaotalani Dombrigues
ハワイ島在住のカフナ。治療としてのロミロミや、ハワイ語の祈りなど、多くの専門知識を持つ。数少ないホンモノのカフナです。