誰もいない浜辺、照りつく太陽、目の前に広がる海を全身で感じる。
とうとうここまで来た、何故だか安堵感が広がる。
ここに行かなくてはいけない、そう思ってたずねた場所、沖縄・久高島。
その場所が私を呼んでいた。
2002年12月、暑さに耐えきれず脱いだ冬服を手にタクシーに乗り込む。「こんなに晴れて暑いのは久しぶりですよ、お客さんラッキーですね」と運転手さん。私ひとりのために晴れたとは思わないけれど(笑)、私は昔から天気に関しての運がとても良い。宿で夏服に着替え、沖縄在住の知人と待ち合わせる。知人が真っ先に案内してくれたのが世界遺産に登録されている斎場御嶽。沖縄初体験の私が最初に訪れる場所がここになろうとは驚きだった。私の旅の目的は久高島だったけれど、出来れば斎場御嶽にも行ってみたいと密かに思っていたことは、知人には伝えていなかったからだ。
何がきっかけになったかは覚えていないが、昨年の2月頃から猛烈に沖縄が気になり始めた。沖縄料理店に行ったり、沖縄在住の版画家・名嘉睦念さんの東京のギャラリーに行ってみたりもした。そうやってエネルギーを向けると当然のように起こってくるシンクロ。玉手箱を一つひとつ開けるように、色々な情報が飛び込んできた。その中のひとつが友人の見つけた新聞記事。そこに紹介されていたのが沖縄知念村にある斎場御嶽と久高島だった。御嶽とは神が宿る場所。聖域とは言っても、石が積み重ねてあるだけでそっけない。しかしこれこそが沖縄の人々の根強い自然崇拝の現れなのだろう。
安座真港からフェリーに乗って約15分。人口約300人の久高島は自転車で周れば一時間で足りてしまうほど小さな島だ。沖縄神話の創世神アマミキヨが国造りを始めた場所だと言われている。久高島では今でも年に30回ほどの祭祀があり、それを司るのは全て女性。沖縄の聖域は未だに男子禁制の場所がたくさんあるらしい。こういうときだけは、女性で良かった、と思ってしまう。久高島は12年に一度イザイホーという儀式を行うことでも有名だ。30〜41歳の女性が新たに神人となる儀式なのだが、前回の2002年と、前々回の1990年は行われなかったということだ。
フェリーを降りて貸自転車屋へ直行する。自転車を借りたのはいいけれど、道には案内図や標識というものがない。仕方がないから自分の勘だけをたよりに自転車で駆け抜ける。そういうとき、人間というものはアンテナがちゃんと立つようになっているらしい。まるで機動戦士ガンダムに出てくるニュータイプのように、おでこからビビビッと稲妻が出るのである。そのビビビッで島に点在する全ての聖域を見てやろう。本当に300人も住んでいるのか疑うほど人気のない道を波の気配を感じながら進んでいく。道の終点は誰もいない浜辺。海に浮かぶ船とここにいる私だけがこの世に存在するすべてなのでは、と錯覚するほど孤独な空間。砂の上に腰掛けて、目の前に広がる風景をただじっと見つめる。
すると、ある映像が頭の中に浮かんできた。小さな子供がふたり、仲良く遊んでいる。男の子と女の子、どうやら兄と妹らしいが両親の姿はない。男の子は四角い帽子をかぶっていて、島の王族のよう。権力争いなのか、兄妹は引き離され、兄は囚われの身に。妹は遠く離れたところに連れて行かれ、寂しい生涯を送る。「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と泣きながら暮す妹と、囚われの身になりながらも将来を考え強く生きる兄。突然思い出した過去生に、沖縄に着いて以来ずっと感じていた不安と憂鬱と寂しさの謎が隠されていた。そして、沖縄在住の知人に初めて会った時に感じた懐かしさのワケも知った。ひとりで来なくては、そう思ってここに来た。それはきっと寂しくて泣きながら暮していた弱い自分を、もっと強くなった私が受け入れるためだったのかもしれない。
翌日、過去生での兄にこのストーリーを話すと、「王子様かー、だから僕は品があるんだ!」と、思わず無視せずにはいられない冗談を口にした後、囚われの身ということから納得する部分があると言っていた。なんでも、食べものに対してすごく卑しいからだという。『千と千尋の神隠し』の中で、豚になってしまう千尋の両親を見て、自分のようだ、と思ったというのです。まあ、だからといって、私が見た過去生が絶対に本当だとは言えないし、誰かに信じてもらおうとも思わない。だけど、私自身の中では、100%の真実。
最後は素敵に締めくくりたいな。久高島は呼んでくれた、少しは強くなった私を。誰かが待っていてくれた、沖縄での兄妹の再会を。