2002年2月、シェムリアップ空港に降り立つと、なま暖かい空気が私を包み込んだ。日中の平均温度は35度です、と教えてくれたのは現地ガイドのイー・オルさん。日本語学校で2年間勉強したという弱冠22歳のその青年が、流暢な日本語でアンコール遺跡を案内してくれた。(私は、遺跡を見るときは必ず現地ガイドに案内してもらうことを選ぶ。歴史や文化など細かい事柄は、専門家が一番よく知っているからだ)。
最初に訪れたのはアンコール・トム。アンコール・トムとは大きな町という意味で、12世紀末ジャヤヴァルマン7世によって建設された。このジャヤヴァルマン7世は、当時絶大な権力を誇っており、たくさんの宗教施設を建設している。まず出迎えてくれたのは、ナーガと呼ばれる7つの頭を持つ蛇。守り神であるナーガに見守られながら門を入り、更に乾いた土の道を進むと、巨大な石の建物が顔を見せる。よーく見ると、そこには、無数の顔、顔、顔・・・。アンコール・トムの中央にある仏教寺院バイヨンは、四面仏が刻まれていることで有名だ。どの位置から見ても、穏やかな表情の観世音菩薩を拝むことが出来る。
このバイヨンは、メール山(須弥山)を象徴していると言われている。メール山とは、神々が住み場所であり、バイヨンは正にクメール人の宇宙観を表している。見事なのは四面仏だけではない。壁に刻まれた端から端まで続くレリーフには、当時の暮らし、そして戦争の様子などが描かれており、絵本のような楽しさである。クメール人、中国人、チャンパ人など、登場人物達は微妙に違う顔つきや髪型で区別されている。これを刻んだ人達は、一体どれだけの労力を費やしたのだろう? 気が遠くなる思いで見つめる。
一度ホテルへ戻り、2時間ほど休憩してからアンコール・ワットへ向かう。どんどん水分を摂ってもほとんど尿意を催さない。体から水分が失われていくこの暑さの中では、この休憩が大きな意味を持つ。日傘を差しても、帽子をかぶっても、足元の石畳からの強烈な照り返しには、なす術もない。せめてものお慰めに、扇子をパタパタ扇いでみる。
「アンコール・ワットは西に向かって建っているため午前中は日光の反射で良い写真が撮れません。ですから、午後に来たほうが良いんです」と、イーさん。さすがにこの気温には慣れているのか、暑そうな顔1つ見せない。なるほど、お蔭様で良い写真が撮れそうだ、と最高の被写体にレンズを向ける。アンコール・ワットはとにかく絵になる。今まで訪れた遺跡の中でも、一番ではないかと思うほどフォトジェニックだ。
さて、アンコール・ワットがヒンドゥー教寺院として建てられたということを知っている人は意外と少ないのではないだろうか? かく言う私も、仏教寺院だと思っていた勘違い者の1人だ。12世紀前半に建設されたアンコール・ワットは、ヒンドゥー教のヴィシュヌ神のための寺院であり、また、スールヤヴァルマン2世の墓でもあった。アンコール・トムと同じく、中央祠堂はメール山(須弥山)を象徴し、そこにはヴィシュヌ神が降臨すると考えられていた。王はそこで神と交信し、一体化するのだ。
正面の門から中へ入ると、迷路のように長い回廊が続き、レリーフが膨大な物語を綴っている。ヴィシュヌ神率いる神々の軍と悪魔軍との戦い、ラーマヤーナ物語、天国と地獄の図など、全てを細かく見ていくと気が遠くなるほどだ。昔の人というのは、秀でた芸術性とともに、現代人とは比べものにならないほどの忍耐力を持ち合わせていたのだろうと思う。