『ALOHA PIKO』は、アロハの素を皆さんにお届けします。
ALOHA PIKO
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「POMAIKA'I」
新井朋子&アロヒナニ著


「聖なる光 第1弾 光臨」
美内すずえ監修
写真家 奥聖 

アロヒナニ 文章担当

Essay vol.1
私が日々感じたことを、気楽な感じで書きつづっています。

9.スピリチュアルであるということ
12.人生の主役は自分
20.女性性と男性性
49.エゴを手放す 50.人の評価
エッセイvo.2はこちら
旅エッセイ・海外編はこちら
旅エッセイ・日本編はこちら
 

血の繋がりについて、考えてみた。
最近になって思うようになったのは、血の繋がりって、 そんなに重要じゃないってこと。
大事なのは、魂の繋がりなのだって。

私がハワイでお世話になったパパとママには、1人の娘がいた。
名前はシャロン。彼女は、養女だった。
養女といっても、ママの弟の子供なので、ママにとっては、姪にあたる。
ママの弟は、戦争中に、ドイツ人女性と恋に落ちた。
そして、シャロンが生まれた後、自殺してしまった。
そのドイツ人女性は、アルコール中毒になり、生まれたばかりの赤ん坊の面倒を全然見なかったらしい。
どういう経緯か、詳しい事は知らないけれど、シャロンは、 ハワイの叔母夫婦の元へやってきた。

パパとママは日系2世なので、2人とも、顔立ちは日本人。
シャロンは、ドイツ人女性と日系人男性との間に生まれた ハーフなので、顔立ちは白人。
端から見ても、親子には見えない。
そのせいか、子供の頃、学校で、「貰われっ子」と、いじめられたことがあったそうだ。
そんな時、パパとママは、「私達は、あなたの事がとっても愛おしくて、 欲しくて欲しくて、うちの子に、貰ったのよ。 だから、あなたは私達にとって、とても特別な子なのよ」と言ったのですって。
それから、シャロンは、養女である事に、誇りを持つようになったそうだ。

私は、この話をパパとママから聞いた時、すっごく感動したのを覚えている。
この3人は、私から見ても、本当にうらやましいくらい、仲が良い親子だった。
そして、全くの他人である私にも、本当の娘、妹、のように接してくれた。

ある時、学校のクラスメイトとの集まりで夜遅くなったので、家に電話してパパに車で迎えに来て貰った。
(パパとママから、夜1人でバスやタクシーに乗る事は禁止されていた。)
その時、つい友人とのお喋りに夢中になり、待ち合わせの時間に、10分くらい遅れてしまった。
その時のパパの怒りはすごかった! パパは、私の姿がないから、 ものすごく心配して、青くなっていたのです。
そうとは知らず、のんきに登場した私は、あまりの怒りぶりに、 泣きそうになってしまった。
次の日の朝、ママから、「パパは、本当に心配だったのよ」って言われた時は、自分の子供でもない私を、こんなに心配してくれたパパに感謝の気持ちで一杯だった。
血は繋がってなくても、本当の親子になれるし、姉妹にもなれるんだなぁ、って実感した。

私の踊りの師匠には、子供がいない。(かわいい犬が2匹いるけどネ!)
ある日、先生が言った。「とっても子供が欲しかったけど、授からなかった。 世の中には、欲しくなくても、授かる人がいるのに・・・」 。
その時、私の頭に浮かんだ言葉。
「でも、先生には、魂の子供がたくんいる!」
血の繋がった子供はいないけど、でも、先生の教えを受けた子供達が たくさんいる! 
夫婦だって、血は繋がってないんだし、やっぱり、血の繋がりってそんなに重要じゃないんだよなー。
そう思う今日この頃。

(2000年)

私は子供の頃から踊るのが大好きだった。
6才くらいの時の夢は「ピンクレディになること」だった。
ヒマさえあれば、ピンクレディの真似をして踊っていた。
そして、高校生の時、ダンスクラブに入った。
ジャズダンスとバトントワラーをやっていた。
その後はエアロビクスもやったりした。
そして、フラとの出会い。
ハワイ留学時に、ハワイ大学の講座で少しだけフラを習い、日本に帰ってからスタジオを探した。
でもなかなか自分の納得出来るスタジオが見つからなかった。

やっと自分と縁のあるスタジオを見つけてからというもの、最初は、早く上手くなりたくて、たくさんレッスンを受けていた。
自分のレッスン以外にも、師匠のお手伝いをしながら他のレッスンに参加させて貰ったりしていた。
でも、そのうち、レッスンの回数と踊りの上達は比例しないことに気が付き始めた 。

それまでは、ステップや振り付けを覚えることに必死で、歌詞の深い意味を理解することに頭が回っていなかった。
色々なショーやイベントの仕事に出して貰ったけれど、 いつも、ただかわいく笑って、段取り通りに踊ることしか頭になかった。
でも、そんな踊りじゃあ、お客さんが感動してくれるわけないのよね。
顔だけ笑って、決められた通りに踊ってて、何かが伝わるわけないんだよね。

そんな簡単な事に気づくまで、結構時間がかかってしまった。
フラってとっても深いから、精神的な成長とともに上手く踊れるようになると思う。
だから、すごく若い時よりも、色々な経験をして、ある程度年をとってからの方が、ステキに踊れる気がする。

私は、1人で部屋で踊るのが大好き。
一番リラックスして楽しく踊れる瞬間! 最近は、空気を感じて踊れるようになった。
この前、部屋で空気を感じながら踊っていた時、私の体にまとわり ついている空気がすごーくマイルドで、最高に気持ちよくて、今まで感じたことがないくらい幸せだった。
踊っていてこんなに幸せを感じた事は始めてだった。
その後、マナカード(ハワイのタロットカード)を、 「今私にメッセージを下さい」って唱えてから1枚だけ引いた。
そうしたら、その時引いたカードが、「マナ」だった。
(マナとは、ハワイ語で、スピリチュアルなパワーのこと。
ハワイの人は、この世に存在する全てのモノにマナが宿っていると信じている。)
私が踊っていた時に感じた空気はマナだったんだ、と思った。

人は、自分が一番好きな事を無心でやっている時、 一番良いパワーが出ているのだと思う。
私は、やっぱり踊る事が一番好き。
昔は、上手ねって言われたくて、がんばっていた。
でも、今、私の目指す踊りは、下手でも良いから、気持がこもっている踊り、なんです。

(2001年)

優しさとか、愛情って、目に見えないから、わかりにくい。
ある人にとってみれば、それは優しさや愛情なのだけど、受け取る方にしてみたら、そうじゃないかもしれない。
だから、その辺の感じ方が全く違う人とは、付き合うのが難しいかもしれない。

例えば、私の親友の話。
彼女は、とっても控えめな人。
私がハワイ留学から帰国する日、私はてっきり空港に出迎えに来てくれていると思っていた。
何人かの友人達は来てくれていたのだけど、彼女の姿はなかった。
来てくれなかったんだな、ってちょっと淋しかった。
後からわかったのだけど、彼女は、1年ぶりの家族との再会を邪魔したくなくて、遠慮していたのです。
私は、そんなことより、すぐに会いたかったのに、って思ったけど、 でもそれが彼女の良さであり優しさなのだ、って納得した。

母が入院した時、周りの人が心配してくれたけど、その優しさもそれぞれ。
料理を作って差し入れしてくれる人、そっと見守ってくれる人、電話をくれる人、その優しさにランクなんてない。

そっけなく見える人が、実はすごく優しかったりする。
後で、あれは優しさだったんだってわかる時がある。
私がエジプト旅行中に盲腸になってしまった時、それまでそっけなかった 現地ガイドさんが、ものすごく支えてくれた。
優しい言葉をかけるだけが優しさなんじゃない。
確かに、優しい態度って、わかりやすいけど、目立たない優しさの方が骨身にしみるような、思い出に残るような、そんな気がする。

愛情もそうだよね。
愛してるって言葉にするのは簡単かもしれないけど、じゃあ、どれだけ愛してるのかって、形に出来ない。
愛ってとっても自由なんだよね。 愛ほど自由なものはないと思う。
だからって、押しつけたりしちゃだめなんだよね。
人を好きになると、つい、私はこんなに好きなのに!って思ってしまう。
でも、それって、好かれた方にしてみれば、いい迷惑だよね。
その辺を自分でコントロールで出来れば苦労しないけどネ(笑)。

誰かに愛情を感じるって、すごくステキなこと。
だって、好きになろうと思って出来るわけじゃないもの。
友達だって、作ろうと思って作れるわけじゃない。
モノはお金があれば手にはいるけど、愛情や友情はそうはいかない。
だから、人を好きになる気持をとっても大切にしたいと思う。
キレイな景色を見た時に、「ああ、これを見せてあげたいな」って思ったり、おいしいモノを食べた時、
「これを食べさせてあげたいな」 と思う。
そんな相手が1人でもいたら、幸せだなぁと思う。

(2001年)

知らぬが仏って言葉がある。
例えば、自分のことを陰で悪く言っている人がいるとしても、知らなければ、平穏。
だけど、知ってしまったら、途端に不快になってしまう。
今まで良い人だと思っていても、逆転、イヤな人に見えてしまう。
この世には、「知った方が良いこと」と、「知らない方が良いこと」 が存在してるのかもしれない。

だけど私は、子供の頃から、何でも知りたかった。
この世に存在する全てのことを知りたかった。
私の好きな漫画でこういうセリフがある。
「知らぬ幸せより知る不幸を選ぶ」 。
人には、「知る」権利がある。
私は、「知る」ために、追求していきたい、私がまだ知らないいろんなことを。

(2001年)

誰でも、無神経なことを言ってしまう時があると思う。
悪気はなくても、その一言が相手を苦しめてしまうことがある。
昔、私があることでとても悩んでいた時、友人に相談した。
その時に友人が私に言ったひとこと。
「あなたは私よりも良いじゃない」
ようするに、友人は、私の状況よりも自分の状況の方が大変だと感じたのです。
そして、私なんてね・・・・と、友人の愚痴が始まった。
私は、ただ聞いて欲しかっただけなのに・・・・と傷ついた。

悩みごとの相談を聞くって、確かに難しい。
こちらからしたら、どうでもいいようなことでも、当人にとってそれが大きなことだったりしたら、軽々しいことは言えないし。
本人は悪気なく言ったセリフでも、いつまでも心にグサっとはまってしまうこともあるかもしれない。
だから、自分の発言には気を付けなくてはいけない、と思う。
だけど、人間だから、つい言ってしまうこともある。
すぐに謝ることが出来ればいいけど、それが出来ない時もある。
心にしこりとなって、何だか気になる日々が続いたりする。
日が経てば経つ程、どんどんしこりが大きくなる。
言われた方も、すぐには忘れられないから、厄介だ。

無神経な一言というのは、言った方にも言われた方にもしこりとして残る。
傷つくのは両方なのかもしれない。

(2001年)

自分を一番幸せに出来る人、それは他の誰でもない、自分自身なんですよね。
自分のことは一番自分が知っているはず。
他人の意見に惑わされず、自分の中の答えを探さなくてはいけない。
そして、自分を喜ばせる事を選択していく。
幸せになる方法って、意外とシンプルだったりする。
そして、シンプルなのに、なかなか実践出来なかったりする。
誤解、勘違い、余計な心配、不安、嫉妬、焦り、迷い、色んな感情につい身を任せてしまう。
そりゃー、人間だもの、仕方ないよね。
こういうのが全然ない人がいたら、逆に恐いよね。

ただ1つだけ、私が強く思うこと、それは、幸せは他人が運んできてくれるものではないということ。
そして、自分が世界をどう見るか、ということによって、世界は変わってくるということ。
幸せって、人によって基準が違う。
その基準を決めているのは、自分だよね。
だから、幸せって、自分が作るものなのだと思う。

(2001年)

フェスティバルの実行委員として、何ヶ月かにわたって仕事をした。
そのフェスティバルも無事終了し、ほっと一安心している。
準備をするというのは、とても大変な仕事だということを、再確認した。
私は、ずっとガールスカウトをしていたので、イベントの手伝いを したり、子供達をキャンプに連れていったりもした。
子供達が誰も怪我や病気をせず、無事家に着くまでは、とても気を使ったものだ。

どんな小さな会でも、準備する側は大変なのだ。
歌がヒットすると、注目されるのは歌手だけど、その陰には、たくさんの支えている人がいる。
歌の作者、レコーディングスタッフ、CDジャケット制作者、宣伝担当者、マネージャー、などなど。
本だって、注目されるのは筆者だけど、それを売り出すまでにたくさんの人の手が掛かっている。

私がステージで踊る時だって、そのステージを用意してくれた人、照明さん、 音響さん、たくさんの裏方の人達にお世話になっている。
その人達とは、挨拶くらいしか交わさないし、 その後会うこともないけれど、その日その時間を共有している。 それぞれが、自分の役割を精一杯果たしている。

人は、1人じゃ生きていけない。
ご飯を食べるのだって、その食材を育ててくれた人がいる。
電車に乗るのだって、電車を運転してくれる人がいる。
皆、お互いに支え合って生きている。
自分の知らない所で、誰かが自分のために尽くしてくれている。
「おかげさまで」という言葉が好きだ。
皆さんのおかげさまで、私は元気に暮らしている。

(2001年)

踊りには、いろいろある。
日本には、日舞、琉球舞踊、あわ踊り、いろいろあるし、他の国にも、
フラメンコ、バリダンス、ベリーダンス、コサックダンス、などなど数えたらきりがないほどある。
どのダンスも素敵だと思うし、比べようもないと思う。

フラにも、いろいろある。クムフラ(先生)が違えば、振りも踊り方も違う。
フラ1つをとってみても、本当にいろいろな形があって、それぞれが自分に合っているものへ引き寄せられていくのだろう・・・・。

アロハスピリットに溢れたとても暖かく素敵な人っていうのは、、踊りもとてもやわらかく魅力的。
今までに、たくさんの人の踊りを見てきたけれど、本当に良い踊りをする人というのは、やはり内面も素敵な人だと思う。
技術だけがすばらしくても、そこにフィーリングがなければ、伝わってくるものがない。
私は、LさんやHYさんの踊りを見たときに、見ているこっちまで楽しくなってきたもの。
たとえ下手でも、すっごく楽しく踊っている人って、つい目を奪われるもの。
大体、上手下手って、見ている人の主観だしネ。

だから、踊りを採点するのって、好きじゃない。
フラにはいくつかの競技会があるけれど、私はそういうのに出ようと思ったことは一度もない。
ソルトレークのフィギアなんかでも問題になったけど、人間が人間を採点するのって難しい。
みんなが一番、そういうのがいいなぁ。
振付家の香瑠鼓さんは、1人1人が素晴らしい、どんな人にもその人にしかない魅力がある、って言っている。どんな変な?人を見ても、個性的だなぁと思うんですって。
いろんな形を尊重できる人、そんな人になりたいですネ。

(2002年)

最近、スピリチュアルなことに興味を持つ人が多くなってきた。
最近では、そういうことを隠さずに発言する人も増えてきたと思う。
去年取材させてもらった榎木孝明さんは、やっとこういう取材をしてもらえて嬉し いと喜んでくださった。
別れ際に、「誰に何と言われようと、がんばってこのお仕事続けてくださいね」
と励ましのお言葉まで頂いて、とても感動した。

その時に印象に残った言葉がある。
榎木さんは、何冊かエッセイを出しているのだけど、「スピリチュアルなことを本に書こうとは思わない。日々の生活の中のちょっとした気付きをエッセイにして、それを読んだ人が何かを感じてくれ ればいい」というようなことをおっしゃっていた。
そういえば、振付家の香瑠鼓さんを取材したときも、同じことをおっしゃっていた。
「もう気づいている人はそれでいい。そうじゃない人に、ちょっとでも気付きを与えられるような本を書きたい」と。
スピリチュアルなことっていうのは、理解したい人がすればいいし、それを興味のない人にまで押し付ける必要はない。
それに、スピリチュアルなことに関心がなあるとかないとか、そういうことに関係なくステキな人はたくさんいるし。

精神世界系の集まりに行くと、「もう気づいている」ことを自慢に思っている人、チャネリングできる人がスゴイ人なんだと思っている人、サイキックパワーを持つことを熱望している人、やたらとアセンションにこだわっている人、などが多いように思う。
でも私は思う。
人を癒すのに特別な能力なんて必要ない。
人をサポートするのに、サイキックな能力はあってもいいけどなくてもいい。
結局は人間性なんだなぁ〜。
そんな特別な能力がなくても、ステキな人の周りには ステキな人が集まるし、ステキな人といると、そのステキが こちらにまで伝染してくる気がする。

最近仲良くなった友人から、「あなたと出会えて良かった」と言ってもら えたとき、天にも昇るくらい嬉しかった。
あなたといると楽しい、とか、ほっとするとか、そう思ってもらえることのほうが私にとってはスゴイことだ。

(2002年)

朝の連ドラで、ハワイの日系人移民の話をしていた。
私のハワイのパパもママも日系2世。
なので、苦労したお話は聞いたことがある。
ハワイ留学中に、HAWAIIANAというハワイ文化の授業でプレゼンをやる時に、私が選んだテーマがパールハーバー。
その時に、日系人達のお話を色々と聞いて プレゼンして、生徒間の投票で、めでたく1位を貰った。
自分達のルーツである日本を相手に、一番勇敢に戦ったのが、日系人の兵隊達だった。
私のパパは、戦争には行かなかったけど、戦争当時は、とても差別にあったといっていた。 ハワイ大学の近くに、日本文化センターというところがあって、 日系人達が移民してきたときの様子などが展示されている。
あまり知られていない場所なので、観光客はほとんど行かないみたいなんだけど、 是非たくさんの人に訪れてもらいたいと思う。
私が行った時は、たまたま日本人のスタッフが、本当はお休みの日だったのに用事があってきていて、ラッキーにも案内してもらえた。
当時、移民の人たちが食べていたお弁当の展示があったのだけど、 その日本人スタッフは、フタをかぶせてしまった。
「本当はこんなに豊かな食事をしていなかったんですよ。
これは、日系人ではない人が作った展示なんです」と悲しそうに言っていた。
『ほれほれ節』という日系移民達が作った歌が、朝の連ドラでも流れた。
あの曲は、何回聴いても涙が出る。

楽園と言われるハワイ、元は独立した国だったのに、アメリカの一部と されてしまったり、色々な歴史のある土地。
ハワイを訪れる日本の人たちで、こういう歴史を知っている人は、一体どれくらいいるのだろう?

(2002年)

自分の存在価値って?と思うことがある。
自分の存在って、少しは人の役に立っているのかしら?
自分には、何が出来るのだろう?
自分は何も出きないのでは、と弱気になったり。
自分はこれが出来る!と思っていることでも、 もっとすごく出来る人がいたりしたら、途端に自信がなくなったり・・・。

たいていの人は、親から誉められた経験って少ないと思う。
小さい頃はあるかもしれないけど、大きくなっていくとともに、誉められる回数が減ってくる。
アメリカ人なんかは、子供は誉めて育てるというけれど、日本人の親の場合は、そうはいかないようです。
親に限らず、大人になればなるほど、人から誉めてもらうことが少ない気がする。
別に、誉められる必要もないんだけど。
でも、人に誉められて悪い気はしないし、むしろ嬉しいし、自分に対する評価がぐんとあがったりするのよね。

でも、人に誉められたくて、すごいって言ってもらいたくて 自慢話をする人がいるけど、(その気持ちはわかるけど) 自慢話しないほうが格好良いのになーって思う。
どんなにすごいことでも、自慢された瞬間から、すごいと 思えなくなってきてしまうのよねー。

よく、日本人男性が、奥さんのことを「うちの愚妻が」 なんていうけど、私はあれがすごく嫌い。
謙遜しているつもりなのかもしれないけど。
私も、人に何かプレゼントする時に、つい「つまらないものですが」 なんて言ってしまうときがあるけど、これもよくないよね(笑)。

私が死んだら、何人くらいの人が寂しがってくれるかな?
なんて、自分のお葬式の様子を想像してみることもある。
私1人が死んだって、世の中は変らず過ぎていくんだよねぇ。
でも、たとえ少ない人数でも、自分がいなくなった時に寂しがってくれる人がいれば、存在した価値があるってことかなぁ・・・、なんて。

(2002年)

今よりもっと若いころ、コンパニオンをやっていた。
現場研修を受けていたころ、インストラクターに言われた。
「ここはあなた達のステージです。控え室を一歩出たらあなたのステージなのです」
歩き方、喋り方、笑い方、落し物の拾い方、写真の撮られ方まで徹底的に指導された。
「あなたのステージを演出するのはあなたです。どうせだったら美しく振舞いましょう」

今思うと、素敵なセリフだなぁって思う。
これは人生と同じだなぁって。
人生というステージを演出するのは自分なんだから、どうせなら楽しく振る舞いたいなぁ。
自分が主役になれるのって、自分の人生の中だけだものね。
だったら好きなように、演出できるはず。
自分の望んでいないことを無理していなくてもいいし、イヤな場所へわざわざ出かけなくてもいい。
だって自分の人生だもん。 主役は自分だもん。
どうせだったら素敵なドラマを作ろう。

(2002年)

「人生に無駄なし」っていう言葉は、辛い時には中々納得出来ないよね。
こんなに辛いことがどうして自分に起こるのだろう?
どうしてこんなことが自分に必要なのだろう?
後になって振り返ってみて、あれも必要だったんだなーって思える出来事ばかりではないよね。
だけど、それを無駄だと思ってしまうと、自分の人生をも否定してしまうことになっちゃう。

だから、どんな出来事も宝物箱にいれておかなくちゃ。
悪い出来事さえも宝物だと思えるようになれば、自分の人生も豊かになるよね。
まあ、なかなかそう簡単には出来ないけどね。
でも、宇宙を信頼していればいいんだよね。

どんなことも、自分のために起こっている。
晴れの日ばかりでは、土が乾いて草木が育たない。
夜が終われば朝が来るし、冬が終われば春がくる。
自分の人生にだって、サイクルがある。
そのサイクルに逆らわないで、自然のままに生きる。
何もかもをちゃんと受け止められる人になりたいなぁ。

(2002年)

私には今のところ、人生の目標というものがありません。
あえて言うなら、「幸せな人生を送ること」、でしょうか。
目標があって、それに向かってがんばっている人を見ると、とてもうらやましいなぁと思う。
昔、「この職業につきたい」と思って一生懸命努力したことがあったけど、夢は叶わず・・・。
目標なんかなくても、今出きることをきちんとやっていれば、それでいいんだろうと思うんだけど、でも、焦っちゃったりもして。

この何年かの自分を振り返ると、ただなんとなく流れに任せていたら、気がついたらこうなっていたっていう感じ。
気がついたらライターをやっていて、気がついたらHPも作って いて、気がついたらバンドもやっていて・・・・。
バンドやりたいとか、HP作りたいとか、想像もしていなかったことを自然にやっていた。
まあ、こんな生きかたもいいかな〜。
振り返ってみたら、こんな意外なことをやっていた、そんな人生も楽しいよね。
目標がないっていうことは、案外可能性がたくさんあっていいのかも!と思っている今日このごろ。

(2002年11月4日)

もう何年も前の話しになるけど、とても活躍していたあるスポーツ選手とお友達だったことがある。
その人が言っていた。 「成績が良いときは知り合いが増える」と。
そして、「有名選手だから ということで寄って来る人がたくさんいる」と。
活躍している時はいいけど、そうじゃなくなったとき、どうやって生きていくか、それがとても難しい。
活躍している最中だって、常に成績を残さなくてはいけないプレッシャーと戦い続ける。

スポーツ界って、一見華やかだけど、本当に厳しい世界。
そのせいなのか、私生活で派手に遊びたがる人が多いのも事実。
何年も前のことだけど、色々な分野の選手達と飲んだりしていたことがあった。
彼等の派手なお金の使い方、そして女性への接し方は、ちょっと度を越していたように思う。
で、私が感じたのは、有名な人、活躍している人は、案外孤独な人が多いということ。
普通の人である、ということは、すごく気楽なことだと思う。
守らなければいけない地位とか名声とか、そういうものが一切ないというのは本当に気楽だ。

有名になりたいと思っている人がいる。
有名になった がゆえに不自由な想いをしている人もいる。
華やかな生活をしているからって幸せだとは限らない。
人は誰でも、他人には理解してもらえない孤独とか悲しみを抱えているのではないだろうか。

(2003年2月2日)

やっと映画「ロード・オブ・ザ・リング」を見た。
その中で、すごく私の胸に残ったセリフがあった。
主人公が「あの指輪さえ手にしてなかったら、こんなことにはならなかったのに」とつぶやいた時、賢者が主人公に言った言葉。
「つらい目に遭うと皆そう思うが、どうにもならん。それより自分が何をすべきか考えることだ」

そうだよねー、ほんとにそう思う。
だけど、なかなかそう出来なかったりする。私も、よく、過去のことを後悔している。
「あの時、あれをしとけば・・・。あの時、こう言ってれば・・・」
後悔したって、過去のことは変えることが出来ないのにね。
たまに、未来のことだって、「こうなったらどうしよう、こうなって欲しくない」と、いらぬ心配をしてしまう。

そういうとき、私はこう思うようにしている。
「なるようにしかならない。なるようになる」
これは、決してネガティブな意味で思っているわけではない。
私がイヤだと思う事柄でも、必要だったらそうなるわけで、私がいくら抵抗しても無駄なんだって。
だったら、天にすべてお任せしましょうって。
そして、何かが起こったとき、「なるようになったんだ」って。
そう思うようになってから、だいぶ楽になった。

自分の今の状況は、決して満足のいくものでも、納得のいくものでもないけれど、「なるようになってるんだ」って思う。
海の波にのまれて、必死にもがいても、疲れるばっかりで全然たどり着けない。
だけど、力を抜いて波の行く方向に身を任せていたら、自然に浜にたどり着くかもしれない。

思うようにいかなくても、「ま、いっか」そう思えたら楽だよね。
起こったことの理由なんて、必ずしもわからなくていい。
全てに意味がある、と思って考えていても、疲れちゃうだけだもの。
電車に乗り遅れることだって、せっかく頼んだジュースをこぼしちゃうことだってある。
そんなときは「ま、いっか」、それだけでいい。

(2003年4月19日)

このごろ、すごく実感するのは、真実はひとつだということ。
色々な人から、色々な方法、言葉で伝わってくることが、結局は同じことを言っている。
最近は、本当に必要なこと、本当に必要な人だけが自分に引き寄せられてきている気がする。
今はまだ、それが何で必要なのかがわからないことも多い。
出会った人との関係も、考えていくときりがない。
あのとき、あの場所に行かなかったら、あのときあの人と出会わなかったら・・・。
辿っていくと途方もなくなる。
出会ったときにはあまり話しもしなかった人と、何年か経ってから再会して、大切な友人になっていたり。
逆に、最初はすごく仲が良かったのに、その後全然会わなくなったり。
忘れ物がきっかけで重要な出会いをしたこともある。

取材である人が言っていた。
「シンクロニシティは毎日起こっている。まずはそれに気づくこと、そして観察して解釈して、行動に起こす」

いつか、人生で起こったことのすべてのピースきちっとはまって、1枚のジグゾーパズルが完成
するのでしょう。
早く見たい! あーあれはこういうことだったんだーって、早く知りたい。

(2003年4月21日)

パソコンに元々入っていたゲームで、お気に入りのものがある。
10ステージまであって、そのステージごとに色々な敵が出てくる。
武器とか経典とか敵を一発で倒せるカードとか、色々な道具が道の途中に転がっていて、自分のかばんの中にいれておいて、いつどこで使うかは自分の自由。
でも、かばんに中に入れられる道具の数は決まっているので、途中でどんなに素敵な道具が
転がっていても、何かを捨てなくては拾うことができない。
あれもこれもキープっていうことが出来ないのだ。
ゴールに近づけば近づくほど敵のレベルもアップしていく。
さっきのステージでは強いと思った敵が、簡単に退治できてしまう。

最初は、ゴールするだけで精一杯だったけど、最近では、ゴールするときの自分のレベルを上げることに熱中している。
なるべく高いレベルでゴールするためには、たくさんの敵と戦わなくてはいけない。
でも、ウロウロしていたからといって、必ずしも敵が出てきてくれるとも限らない。
ウロウロしている分、体力がどんどんなくなってしまうことも。
敵が出てきてくれたときは、感謝さえしてしまう。
私のレベルアップのために出てきてくれてありがとう!
最初から良い武器を手にすることもあれば、最後のほうになってやっと手に入るときもある。
いきなりたくさんの敵が集中してくるときもあるし、全然現れないこともある。
でも、たぶん10ステージで出てくる敵の数はトータルでは一緒なのだと思う。

私はこのゲームをしていて、人生と同じだな、としみじみ思う。
与えられる武器や道具は自分では選択できないけど、手に入ったときにどうやって使うかは自分の工夫次第。
ステージが上がれば、それだけ敵も強くなっていくけど、それは自分も強くなっている証拠。
このゲームでは、そのステージ上での敵を全て殺さなくても、次のステージに行くことが出来るけど、十分にレベルアップしない状態で次のステージに行っても殺されてしまう確率が高い。
やっぱり、そのステージでやるべきことをじっくりやってからじゃないとね。
これもまさに人生と同じだなぁと思う。
たかがゲームだけど、人生を学べちゃうのです。

(2003年5月24日)

この前、デパートをぶらついていたとき、ガチャガチャが目に飛び込んできた。
プラスティックの箱の中におもちゃが入っている、あのマシーンのことです。
そのガチャガチャは、ディズニーのプリンセスシリーズでした。6種類のおもちゃが入っていて、そのなかに、私の大好きな人魚姫アリエルがありました。すっごいかわいい!!
絶対に欲しいけど、300円払って違うプリンセスが出てきたらどうしよう・・・。
単品なら1000円、と書いてある。でも、1000円払って買うのもね・・・。
そして私は300円を入れて、レバーを回した。「アリエルちゃん、アリエルちゃん」と唱えながら。
そして、ちゃんとアリエルちゃんは私の手元にやってきた。一緒にいた友人は驚いていた。
やっぱり念だよね!

最近、会いたいと思った人にはすぐに会える。今までの人生のなかでも、かなりの高確率で会いたい人に会って来た。
それは、私の念のなせる業なのか、それとも、元々会えるから会いたいと思うのか・・・。

あるスポーツ選手のファンになったら、友人の友人がそのスポーツ選手と友達だった。
あるミュージシャンのファンになったら、職場の人の彼氏がそのミュージシャンと一緒にバンドをやっていた。
ある画家の作品にほれた、たまたま出会った人がその人と友達だった。
そんなことが私の周りに起こる。不思議だ。

絶対に会いたい、そう思うことは大事だと思う。きっと言霊が引き寄せる。
もちろん、会いたいと思わなくても、自分に必要な人であれば自然に出会うけれど・・・。

(2003年6月5日)
 

友人達と集まって、火星大接近の話をしていた。
そこにいた占星術師の人の話によると、火星は男性エネルギーなので、この大接近によって女性性が開花する女性がいるらしい。
そこで、男性性と女性性の話になった。
女性というのは、男性らしい男性と一緒にいると、女性性が開放されるらしい。
そこで、その場にいた女性陣は、男性陣に「ちゃんと男性エネルギーを出してよね」と迫ったわけですが(笑)。
そして、男性というのは、女性と肉体関係を持つことによってエネルギーを貰うことができるのだって。

それに反して女性は、自分でエネルギーを作ることができるそうです。
だから、女性関係が上手くいっている人は、仕事も成功するんだって。
そういえば、企業のトップとか、すごく成功している男性で独身の人ってあんまりいないような・・・。
旦那に先立たれた未亡人は、みんなたくましく生きているけど、奥さんに先立たれた男性って、しょぼーんとして老け込んじゃったり。

私の大好きな漫画「イティ・ハーサ」にもこういうふうに書いてある。
「女の体は生命を生み出すように作られているから男より生きるための機能が優れている。力は弱いが適応力は女のほうが勝っている。だから長生きする。男の力は女や子供、それに年寄りを守るために備わっている機能。だから、女のほうが気に対しても敏感なのだ」
なるほどねー。面白いなー。
で、2ヶ月ほどまえだったかな、友人のチャネラー・ミカエルさんと、アミューシャさんの対談講演があって、司会をやらせてもらったんだけど、そのときのお題が「男性性と女性性」だった。
そのときに、アミューシャさんが言っていました。
「嬉しいという言葉は、女が喜ぶと書きます。世の中がハッピーになるためには、女性が幸せであることが必要。だから、男性は女性が喜ぶことをたくさんしましょう」
そのとき、会場中の女性が大きく頷いていました(笑)。
日本人の男性って、テレ屋が多いし、女性に対してサービスすることが下手。
外人みたいにサービスしてくれとは言わないけれども、せめて、男性らしいエネルギーを発散してほしいものです(笑)。

(2003年8月28日)
 

最近、すごく反省していることは、私のあいまいさが、人を傷つけているときもあるのでは、ということ。
自分では悪気はなくても、相手を翻弄しているときもあるということ。
傷つけまいとして、オブラートに包んだつもりが、相手にとっては逆効果だったり。
去年、ホノルルの光の教会に行ったときのこと。
メルさんというヒーラーからヒーリングをしてもらった。
メルさんから言われた言葉は、今でもはっきりと覚えている。
「あなたは生まれもってのスピリチュアルな人。影響力があるから、言いたいことを言えないときもあるでしょう。だけど、真実は誰のことも傷つけないんですよ。そのためにも、もっと強くなってください」
今までの人生での傷ついた経験のいくつかは、今でも私のトラウマになっている。
だから、相手をなるべく傷つけないように、と思っているのだけど、その態度が逆に傷つけていることがある、ということを最近知った。

4ヶ月前、私をとても傷つけた出来事があった。私は、その出来事を起こした張本人に、はっきりと抗議しなくては、と思った。でも、そんなときでさえ、その人をあまり傷つけてはいけない、と気を使いながら、電話で話をしている私がいた。
「すいませんでした」と相手から言われたとたんに、「すっごく傷ついています。もう2度とそういうことはしないで下さい」と、はっきりということが出来なくなってしまった。電話を切ったあと、自分自身が情けなくて涙が出た。
嫌われたくないとか、恨まれたくないとか、結局は自分がかわいくて、自分を傷つけたくないだけなのかもしれない。
真実は誰も傷つけない、この言葉の重みをしっかりと受け止めたい。
そして、もっと強くなって、ちゃんと伝えられる人になりたい。

(2003年8月29日)
 

生きている限り、誰かに先立たれる悲しみを避けては通れない。
いつも一緒に暮らしていた家族を失うつらさ、仲良くしていた友人と二度と会えなくなる寂しさ。
すべての人間に平等に与えられた試練のひとつだと思う。
私が初めてその試練に直面したのは、ハワイで暮らしていたとき。
ハワイのママが私の滞在中に癌で亡くなってしまった。ハワイのママは、私のハワイ留学の夢を叶える手助けをしてくれた人。悩んでいた私に救いの手を差し伸べてくれた恩人。
私のことを実の娘のようにかわいがってくれたママを失うことは本当に辛いことだった。
ママの納骨のとき、ママの親友が、「そんなところにいれないで!」と、泣き叫んでいた光景は、今でも忘れることが出来ない。

この世に存在している悲しみの中で、一番深い悲しみは、子を亡くした親の悲しみだと言われている。仏教では、これを逆縁の菩薩という。
私の父方の祖母には、6人の子供がいた。3男3女。
そのうちの一人の女の子(私にとっては叔母)は、6歳くらいで亡くなってしまった。
そして、次男(私にとっては叔父)は20年以上前に癌で亡くなった。
長男は学徒動員で戦争に行き、盲目になって日本に帰ってきた。
癌で亡くなった次男には3人の子供(私にとっては従兄弟)がいたが、一人は突然死してしまった。祖父は、34年前に癌で亡くなっているので、私は祖父に会ったことがない。
夫を亡くし、子供を2人、孫を一人亡くし、子供の一人は盲目になってしまった祖母の悲しみは、相当のものであったと思う。
だから私は、離れて暮らしている祖母と久しぶりに会うと、必ず思い切り愛情を込めてハグをする。たくさんの悲しみを乗り越えてきた人だと思うと、愛しくて仕方なくなる。

悲しみの数だけ人は優しくなれる、という歌があったけど、(誰の歌だっけ?)本当にそうだと思う。
たくさんの人を癒している人や、人に信頼されている人には、深い悲しみを体験している人が多い。
人はどうしても、自分が経験した範囲でしか、物事をとらえることができない。
大変な思いをたくさんした人は、それだけ人を思いやる許容範囲が広がるのではないだろうか。

でも、どんなにたくさんの経験を積んだ人でも、大切な人を失う悲しみには太刀打ちができない。
よく、月日が解決する、というけれど、そう簡単に年月が過ぎてくれるわけでもない。
歌手の山根麻衣さんは、7月にだんな様を亡くされたばかり。9月20日のあるイベントでのライブでは、そんなことを感じさせないくらいパワフルだった。
大きな悲しみを抱えながら、それを上回るほどのエネルギーを会場のみんなに分け与えていた。
彼女から感じたのは、「ありがとう」という愛と感謝のエネルギー。
そして、「この一瞬に生きる」という強いメッセージ。
山根さんは、もともと素敵な人だったけど、更に力強くなった気がした。
最愛の人を亡くされた悲しみを乗り越えて、これからも、もっともっと皆を勇気づけていってほしい。

(2003年9月25日)
 

取材がてら、アラン・コーエンさんのワークショップに参加した。
人間関係に焦点を当てたそのワークでは、参加者同士がペアになってゲームをしたり、自分の意見をみんなの前で発言したりして、なかなか面白いワークショップだった。

このワークショップに、あるベストセラー作家のHさんが1日だけ参加した。
そして、その次のワークショップの日には、Hさんからアランさん宛てに大きな花が届いた。
粋なことをするな、と思った。ワークショップの最初、一人ひとりが自己紹介をするときに、Hさんはフルネームを言わず、下の名前だけを言った。
私は、みんなに騒がれたくないのかな? 控えめだな、と好印象だった。
とても気さくで、感じの良い人だと感じた。
ところが、ある参加者の一人にとって、Hさんは悪印象だった。
下の名前しか言わなかったのは、計算だ。自信ありげていやらしい奴だ、と。
同じ人と接して、正反対の印象を持ったことに驚いた。
どんなに素晴らしい人でも、全員からよく思われるっていうことは難しいのだな、と思った。
本当に、いろんな考えの人がいて、それぞれ間違っていないと思う。
その中で、自分と考えが合う、波長の合う人と付き合っていけばいいんだよね。
また、そういう人が自然に自分に引き寄せられてくるのだろう。

(2003年9月30日)
 

生きている以上、人から必要とされる人間でいたいと思う。
2年くらい前、ニューエイジショップのラブランド湘南店に毎週のように遊びに行っていた。
オーナーの石崎さんは、本当に心温かい人で、ユーモアもあり、私の信頼する人の一人でもある。
石崎さんは、ニューエイジ業界にものすごい勢いで引き付けられていた頃の私をよく知っている人物でもある。
人の良い点を引き出すのが得意な石崎さんには、いつも励まされていた。
その頃、石崎さんは湘南店で、とても安い金額でミニワークショップをやっていた。
私は友人とともに何回か参加した。
友人2人と私の3人で参加したときのこと。
「自分の言ってもらいたいセリフを、他の人から言ってもらいましょう」というワークをやった。
そのときに私がリクエストしたのが「あなたが必要です」という言葉だった。
私は石崎さんと友人2人から、それぞれ「アロヒちゃんは私の人生で必要な人ですよ」という言葉をかけてもらった。
そして同様に、石崎さんや友人2人も、それぞれ言ってもらいたい言葉をリクエストし、私たちは心を込めて言葉をかけ合った。
私たちはとっても感動して、泣きそうになった。
仲良くしていた友人同士だったこともあって、感動は大きかった。

私が仕事のことで色々と悩んでいたときのこと。
私の友人が「会社にとってあなたは必要な人なんだよ」と言ってくれた。
そのときのその言葉に、私はどれだけ癒されたことでしょう。
入院して会社をしばらく休んだあと、「あなたがいなくて寂しかった」と言われとき、どんなにか嬉しかったことでしょう。

人から必要とされなくなること程、悲しいことはない、と私は思う。
おばあちゃんになっても、たった一人の人からでもいいから、必要とされていたい、と思う。

(2003年10月5日)
 

歌手の山根麻以さんとお会いした。
スターピープルの編集者の男性が、山根さんと、亡くなっただんな様山田孝男さんと長年の付き合いだった。
次号のスターピープルに、山田孝男さんの追悼を兼ねた記事を、ということで、山根さんからお話を伺うことができた。
山田さんが亡くなって3ヶ月、やっと山田さんのことを口に出して語ることができそうだ、と山根さんは落ち着いた口調で色々と語ってくれた。
山田さんのことを話すときの山根さんは、本当に恋する少女のように目をきらきらさせていた。
「本当に本当に素敵な人だったの」と、何回も何回も言っていた。ときに涙を流しながら・・・・・・。
山田さんが息を引き取った瞬間の話は、とても神秘的だった。

山根さんは、父の酒乱、家庭内暴力など、とても大変な人生を歩んできた人。
誰からも愛される資格がない、と思っていた彼女は、人から愛される喜び、人を愛する喜びを、山田さんから教えてもらったそうだ。
「愛することができる相手がいる幸せ、それを山田から教えてもらったの。愛すると、何百倍にもなって返ってくる。人を愛するとね、喜びが生まれるでしょ。それは、返ってきてるってことなのよ」
山根さんの口からその言葉を聞いたとき、私は目からウロコが出そうになった。
愛されたかったらまずは愛しましょう、なんていう言葉は、珍しくもなんともない。
愛すれば戻ってくる、というような言葉も、イヤというほど目にしてきた。
物理的に返ってこなくても、目に見えない形で戻ってくる、というような考えも、耳にタコ。
でも、今回、山根さんの言葉を聞いて、私の魂が感動しました。

人を愛することができる、それはとってもハッピーなこと。でもそれは、「自分がハッピーなだけで、私の自己満足なんだ」と、思ってしまいがち。
自分がハッピーな気持ちになることイコール返ってきている、という考えが私にはなかった。

同行の編集者は、自分の子供を見ると、「愛する相手がいる幸せ」を感じるそうです。
私のお気に入りの本に、「無条件の愛」という本があります。
なんて素晴らしい言葉だろう、と思います。
そんな愛情を誰かに感じることができたら、それだけで幸せなことだと思う。

(2003年10月16日)
 

最近、お金の話をよく耳にする。
アラン・コーエンさんのワークショップに行ったとき、お金を豊かに受け取る方法を、本に書いている作家の人が参加していた。
仕事仲間がその人の本を持っていたので、貸してもらって読んでみた。
先日のスピリチュアルコンベンションに顔を出したとき、友人のチャネラーがお金に関する講演をしていた。
何日か前、取材でマイケル・J・ローズさんの講演を聞いたときも、またまたお金に関するお話が中心だった。

マイケルさん曰く、「豊かに受け取るには、まず自分が豊かであることを認識することが大事」なのだそうだ。
「私は十分に豊かだけど、もっと豊かになりたい、と思うことが必要です」と言っていた。
そして、自分はどういうふうに豊かになりたいのか、考えてみよう、と。
お金だけが入ってくればいいのか、それとも豊かで充実した人生を送りたいのか。
豊かさ、ということに関しての価値観は人によって違います。
お金がなくても穏やかに暮らしていることが豊かさ、という人もいれば、とにかくお金があれば豊かだ、と感じる人もいるでしょう。
私自身は、友人には恵まれ、好きな仕事もあるし、仕事を通して貴重な体験をたくさんさせてもらって、とても豊かな人生を歩んでいると思う。

マイケルさん曰く、与えることは得意でも、受け取ることが苦手な人が多いそうだ。
会場の参加者たちに挙手をさせてみると、なるほど、受け取ることが苦手な人が大多数だった。
「受け取るということは、与える人に喜びを与えること、相手に貢献すること」
せっかく与えようとしている人を拒否することは、その人に悲しみを与える、そうマイケルさんが言ったとき、私はこの言葉を受け取るために今日はここに来たな、と思った。

昔から、何故か人からギフトを貰うことが非常に多い。物質的にも精神的にも。
そのたびに私は、なんだか申し訳ない気持ちになっていた。
こんなにお世話になってしまって申し訳ない。こんなものを貰って、何かお返しをしなくては。
あの人は私にこれだけのことをしてくれたのだから、私もあの人のために何かしなくちゃ。
でも、与える人が、与えることで幸せになれるのなら、感謝の気持ちを持って、喜んで受け取ればいいのですよね。
自分の立場に置き換えても、何かをしてあげたいと思ったとき、相手が受け取ってくれなかったら、とても悲しいし。
今私は受け取ることを学んでいます。

(2003年10月24日)
 

今年もあと残り2ヶ月。いろいろなことがあったなぁ。
自分の思い通りに行かないことが多く、焦ったり不安になったり、じたばたしたりした。
でも、すべては自分がやるべき使命のために起こっていること。
それに気づかせるために天の大プロデューサーが、いろんな形で修正軌道をしてくれている。
もう、何でもござれ。SURRENDERの心境です。
じたばたして、一喜一憂していても、疲れるだけだもんね。

それを本当に実感したのは北海道に行ったとき。
行こうとしていた場所にアクシデントで行けなかったり、不思議な導きで、不思議な場所に辿りついたり。
人間って、宇宙から見たら本当に小さな存在だな、と思った。
北海道に行くことだって、元を辿ったら、きっかけは何ヶ月も前に何気なく行った場所だったり。
色んなところに点を作っていって、それがだんだんと線になっていっている。
天の完璧なまでの計画があって、大プロ−デューサーは上から一生懸命ジグソーパズルのピースをはめ込んでいる。

あるとき、ちょっと落ち込んでいながらも、「起こるべくして起こってるんだよね」って自分を納得させながら、友人に言った。
すると、友人は、「いつだって最良のことしか起こってないもんね!」と言った。
その言葉を私は大層気に入っている。
どんなに自分の希望と違うことが起こっても、「もっともっと、より一層幸せなことが起こるための通り道なんだ」「高く飛ぶためには、一度かがみこんでからのほうが高く飛べるもの」と思えれば、そんなに落ち込むこともない。
天の計画がどんなものなのか、全貌は死ぬときにならないとわからないと思う。
大プロデューサーさま、どうぞ、お手柔らかに・・・。

(2003年11月6日)
 

11月9日、太陽、月、木星、火星、土星、そしてカイロンが12星座で等間隔に並び、六角形を形成した。二つの三角形が重なり、『ダビデの星』(ユダヤ教のシンボル)のパターンが形成され、この現象は大体20年に1回くらい起こるらしい。更に月食、満月、マヤ歴で260kinの日、ということで、ものすごいことになる、とニューエイジの間では大騒ぎだった。
1986年に、ハーモニックコンバージェンスというのがあったが、今回は、ハーモニック・コンコーダンスと名づけられた。
次元のポータル(門)が開くとも言われていて、次の24日の日食までは意識のジャンプアップの期間だそうだ。この時期の祈りが願望は、叶う確率が高いらしい。

さて、私の身にも色々と不思議なことが起こった。精神的にも肉体的にも辛かった。
そして周りの友人たちは、人間関係で、今までそのままにしておいた問題が浮上している人が多かった。
たぶん、年末大掃除のようなものなのでしょう。次の段階へ行く前に、調節が行われているのだと思う。
そして、今回私の身に起こったことや、、友人たちの人間関係の話を聞いて、あることを思った。
それは、「縁があるからこそ、良い面だけじゃなく、イヤなところも含めて関わっていくのだ」ということ。表面的なことだけじゃなく、深いところに影響を与え合っていくのだ、と。

誰かと何かがあったとき、自分だけが傷ついているのだ、と思いがちだけど、違うんですよね。
友人のHPの日記に書いてありました。
「刀は片刃で相手だけ傷ついているのではなく、それは両刃で、切った者もまた傷ついている。私たちは痛み分けをしている」と。
ほんとにそう思います。
そして、そうやって傷つきあいながらも、お互いの成長のために関わる人、そういう人って本当に縁が深いのだと思います。縁が深いからこそできるのしょう。
だって、痛みを引き受けた上で、行われることですもの。

私は、今まで、仕事で関わっている人との間で、長い間悩んでいました。最初は友人関係からスタートしたこともあって、本当に辛い時期がありました。
憎んだこともあったし、顔を見るのもいや、と思ったこともありました。
でも、その人のおかげで今の私があり、感謝の気持ちもたくさんありました。
あるとき、ふと思いました。
「一番傷ついているのはあの人なのかもしれない」
私がこうやって好きな仕事をして、いろんな人に会って、その人脈で素敵な体験ができて、その影で苦しみを引き受けてくれているのは、あの人なのだ、と。

何か人からイヤなことをされたとき、喧嘩をしたとき、落ち込んだとき。
「私の成長のために、一役買ってくれてありがとう。悪役を引き受けてくれてありがとう」
そんなふうに思って感謝できたら、その人との関係がもっと豊かになるのでしょう。
思いというのは、必ず届くといいます。
もし気まずい思いをしている相手がいたら、「ありがとう」という言葉を、そっと送ってみよう。
目には見えなくても、相手の人の気持ちがちょっと楽になっていることでしょう。

(2003年11月17日)
 

ワイズ博士の「魂の伴侶」という本を読んだ。ワイズ博士の他の作品「前世療法」は読んだことが
あった。ワイズ博士の本は、前世療法を施した患者の、実話が書かれている。
どんなに悲しい思いをして愛する者と別れても、魂はちゃんとまた再会できる、ということを、この本では実感することができる。
人は生まれ変わるとき、自分の人生を決めてから地上にやってくるという。
そして、ソウルメイトたちとも、テーマを決めて、お互いの学びのために再会する。
っていうことは、今私が仲良くしている人たちも、みんな、何かを約束したからこそ出会っているって
いうこと。そう思うと、なんだかありがたい。

私は、沖縄で、知人との過去生を思い出した。このことは雑誌『スターピープル』にも書いた。
沖縄での過去生では、とても悲しく辛い思いをした。
琉球王国の王族だった私は、両親はどうやら暗殺されたらしく、兄と2人で仲良く暮らしていた。
本当に、兄だけが頼りで、兄だけが私のすべてだった。
ところが、あるとき、両親を暗殺した人たちの手によって、兄は囚われの身に。
私は兄と引き離され、遠い場所に連れて行かれた。たぶん、久高島に連れて行かれたのだと思う。まだ幼い女の子だった私は、殺すにはしのびない、と、ある人物に預けられた。
私は、兄のことを思って、毎日泣いた。兄に会いたい、とそれだけを考えて生きていた。
その後の詳しいことは思い出せていない。

そして、それから何百年後のことなのかはわからないけれど、私はちゃんと再会できた。
あんなにも会いたいと、恋しいと思っていた兄に。
出会った瞬間、私のハートチャクラは開き、懐かしさで胸がいっぱいになった。
こんな出会いは生まれて初めてだった。
しかも、私の初めての沖縄訪問は、前世の兄によって実現したのだから、本当に不思議だ。
私の魂は、本当に喜んでいたと思う。
そして、2回目の沖縄訪問では、引き離された後に私を育ててくれた人物との再会も待っていた。

今生で会っている人たちは、みんなみんな、何百回も繰り返された輪廻の中で、めぐりあってきた人たち。誰とどんな約束をしたのかわからないけど、会いたいと思ったから会っているのでしょう。
私は、今回の人生が、地球で過ごす最後だと思っている。
その最後の人生で、会うと決めた人たち。そう思うと、今周りにいる人たちがとてもかけがえのない人たちだ、と感じる。
そして、これから会うであろう人たちも。
今までありがとう。そして、これからもありがとう。

(2003年11月19日)
 

世の中にはいろんな人がいる。
いろんな環境で育ち、いろんな考えを持っている。
特別な人なんて一人もいない。
総理大臣だって、天皇だって、ただ、生まれてくるときにそれを選んだだけ。
それは、劇をするときに、自分から立候補して役を選ぶのと同じ。
だから私は、職業とか、どれだけ成功しているかとか、そういう部分で人を見ることはない。
成功している人、活躍している人は、確かに才能があり、とても努力しているから、尊敬はする。
だけど、だからといって、他の人への接し方と差はつけない。
今まで、有名だと言われている人たちとのご縁がいろいろとあったけれど、本当にすごい人というのは、本当に謙虚で、そして誰にでも平等に接している。

いろんな人たちとのご縁で、最近本当に感じるのは、究極なのは人間愛だということ。
性別、年齢、そういうものは一切関係なく、愛情を注げるのは、とても素晴らしいことだと思う。
男と女でも、普通に手を繋いで、肉体関係とかそういうのではなく、一緒にいられる。
同性同士でも、愛し合える。
健康な人も、体に障害を抱えている人も愛し合える。
そういうのが、本来の愛なんだと思う。

友人と話をしていて、面白いな、と思う話があった。
夫婦というのは、カルマの繋がりだという話はよく聞く話だし、過去生での敵同士が結婚するという話も聞く。(敵同士のほうが学びが大きいからという理由だそうだ)
友人によると、一番縁が深いのは、結婚相手とか家族とかではない。
そういう関係を持たずに、協力しあい、関わっている人のほうが縁が深いのだって。
結婚したり、家族として生まれてくるのは、お互いに学ばなければいけないことがあるから。
前世で学びきれなかった部分が残っている、つまりカルマの関係。
だけど、仲の良い友人とか、ビジネスパートナーのように、ただひたすらに支えあい、助け合う間柄の人というのは、カルマというのは殆どなく、とても縁が深いのだそうだ。

確かにそれも一理あるかもしれない。夫婦でもなく、付き合っているわけでもないのに仲良くできる異性の人って少ない。そういう人ってよっぽど縁があるのだろうと思う。
私には仲良くしている男友達が何人かいるけれど、お互いにサポートし合っていて、かと言って、男女の関係になるわけでもない。
そういうのって、本当に縁がないとできないよね。
私の女友達だって、いつも私の相談に乗ってくれて力になってくれる。
困ったときに相談に乗ってもらうのって、親とか家族じゃなくて、友人だものね。
私はそういう人間愛を大事にしていきたいと思う。

(2003年12月19日)
 

フジテレビのアンビリーバボーを見て、感動してしまった。
簡単にストーリーを紹介。
戦争の時代、スパイの濡れ衣を着せられた日本人男性が、ロシアに抑留されてしまった。
その妻は日本になんとか帰国してからも、夫の帰りを51年待ち続けた。
ロシアの収容所を出てからも日本への帰国を許されず、KGBから命まで狙われていた日本人男性は、ロシア女性クラウディアと出会い、彼女の励まして何とか辛い日々を生き抜ける。
やがて、クラウディアと彼は結婚。30年以上の月日が経つ。
そして、ソビエト連邦が崩壊し、日本と連絡をとることができ、妻が再婚をせず、娘とともに自分の帰りを待っていることを知る。そして日本帰国への夢を実現させるためクラウディアは全力を尽くす。
クラウディアは、「他人の悲しみの上に自分の幸せはない」と、夫に日本への帰国を勧める。
そして、51年間離れ離れになっていた夫婦が、日本で再会する。
今も夫婦は日本で幸せに暮らしている。

私は、このクラウディアという女性に、とても感動してしまった。
夫が日本へ帰るために、誠意を尽くすなんて、すごいよね。
この日本人男性は、日本人妻よりも、クラウディアと暮らした日々の方が長いのに、それでも日本の妻を選んだのだから、それもすごい!
よっぽど妻との間に絆があったんでしょうね。
だって、娘が赤ん坊のときに別れてしまったのだから、一緒に暮らしたのなんて、数年でしょう。
それと比べてクラウディアと暮らしたのは30数年!
ということは、一緒に暮らすことって、絆の深さと関係ないってことなのだなぁ。

そういえば、中国の最後の皇帝、溥儀の弟、溥潔と奥さんもすごいストーリー! やっぱり収容所にいれられた溥潔と、奥さんは何十年も離れ離れになって、それでもお互いを思いあっていたんだもの。
絆って、作ろうと思って作れるものじゃないから難しい。
いつも一緒にいるからって深くなるものでもないだろうし。
だって、クラウディアとのほうが、本当に苦楽を共にして支え合って一緒に暮らしたのに、最後に選んだのは日本の妻でしょ! 元々の魂の縁もあるのだろうけど。
それにしても、すごいのはクラウディアさんの愛の深さ。
自分の幸せより、夫の幸せを選ぶんだから。
しかも、日本に帰った夫から毎週届く手紙に対して、「もう手紙の交換はやめましょう。私のことは忘れて、日本の妻にうんと尽くしてあげてください」っていうビデオレターを送った彼女。
すごいな〜。私なんて、自分の幸せしか考えていないもの。
きっと私がクラウディアさんだったら、彼を日本に帰国させないでしょう。
そして、何十年も会ってなかったのに、またすぐに夫婦に戻れるっていうのもすごいなーと思った。
絆って、すごいね。

(2003年2月13日)
 

イベントのコーディネートの仕事で、舞浜のホテルに2泊した。
ある美容関係のイベントだったのだけど、コーディネーターの知人Bさんから、講演者のWさんの出演依頼を頼まれたのがきっかけで、今回の仕事となった。
Wさんと私は、以前からの知り合いだったので、私にとっては難なくこなせる仕事だった。
で、主催者側が、Wさんの講演が実現したことをとても喜んでくださって、ご褒美に、イベントが行われるホテルに2泊の滞在を用意してくださった。
そして、講演のあとのディナーパーティまで招待してくださった。
同じイベントの講演者に、元スピードスケート選手で、オリンピックのメダリストの堀井学さんがいた。
Wさんと共に控え室にいた私は、堀井さんともお話する機会があった。
それに、ディナーパーティのときも、自分からあっちこっちに行って声をかけるようなタイプではない堀井さんは、ずっと私の隣にいたので、結構お話することができた。
あんなに過酷な競技をやっていて、メダルまで取った人だから、もっと体育会系なのかと思っていたら、全然違う。礼儀正しくて、控えめで、どちらかというとおとなしく、素直で真面目。
人の話を、ニコニコときちんと聞くし、Wさんの講演もちゃんと聞いて、熱心にメモにとっていた。
講演の後、びっしり書いた紙をWさんに見せてニコニコしていた姿は、なんだかかわいかった。

0.01秒で人生が変わる世界。メダルがとれないと見向きもされない厳しい世界。
そんな中で戦ってきた人とは思えない穏やかさや謙虚さを持っている堀井さん。
講演では、「夢を持つこと。そして意識改革が必要だ」と仰っていた。
そんな堀井さんに、「メダルを目指してどんなに一生懸命頑張っても取れなかったとき、自信をなくしたり、自己否定をしてしまったりしなかったですか?」と質問してみた。
すると、「遠征で飛行機に乗ったりしたとき、窓から下を見ると、広大な景色が見えますよね。こんなに大きな地球の中で、何位なんだから、すごいじゃないかって思うんです」って。

そして選手時代は、神の存在を感じざるをえなかったそうです。
堀井さんは、スピリチュアルってわけではないけれど、「わかってる人」っていう感じだった。
本当に強い人っていうのは、こういう人なのだなーと思った。
金メダルとか、ノーベル賞とか、そういうのを取れる人が強いのではないんですよね。
毎日畑仕事している田舎のオジサンとかのほうが、よっぽど強くて素晴らしい人間だったり。。。
いろんな話をしたけど、とっても共感をおぼえたし、本当に人が良いって感じでした。
Wさんは、「堀井さんは、人が良すぎて金メダルまで行けなかったんじゃない?」なんて言ってましたが(笑)。

堀井さんは2002年に引退して、今は第2の人生を歩んでいる。
人々が夢を実現していけるような意識改革、そして、子供達が豊かに生活していけるような、そんなプログラムを広めていく会社をやっていらっしゃるそう。
堀井さんから学んだのは、スマップの「世界にひとつだけの花」の歌詞にも出てくる言葉。
「No.1 じゃなくてOnly one」
金メダルはとれなかったけど、金メダル以上の強さを見せてもらった気がした。
まだ31歳の若さで、将来を担う子供達のことを真剣に考えている堀井さん、今まで以上の活躍をお祈りしています。

(2004年2月17日)
 

いつも親しくさせてもらっている友人Hさんとご飯を食べていた。
Hさんは、透視能力とか、いろんな霊的能力を持っているのだけど、サイキックと言われるのが嫌いで、2人の子供を育てながら、家事と仕事を両立させている女性。
その夕飯の場には、友人のKさんもいた。
Hさんが、Kさんに、「あなた、たまに私にくっついてきちゃうのよ。よく家にもいるわよ」と発言した。
Kさんはとても驚いていた。
Hさんは、その霊的能力のせいで、いつもいろんな人から頼られて、大変な思いをしている。
夜寝ているときも、いろんな人が肉体から抜けて来ちゃったり。
私は、その話を笑って聞きながら、「私も行ってたりして」と冗談を言ってみた。
すると、「来てるよ」とHさん。
Kさん以上に私は驚いた。「え? いつ? 私も行ってるの??」
Hさんの、「去年の○月ごろよ」という言葉に、私は納得した。
自分でも身に覚えがあった。

今思えばそんなに大した出来事でもなかったのに、なぜかひどく精神的に落ち込んでしまったことがあった。そのときに、Hさんのことを思い、「電話して話を聞いてもらおうかな」と思った瞬間に、Hさんから電話があったのだ。
Hさんは、教えてくれた。
私は泣きながらHさんの部屋に立っていたんだって。
Hさんは、少し私の話を聞いてから、私に電話をくれたんだって。
そんな話を聞いて、私はびっくり・・・・。
よく、見えないところでもお世話になっている、っていうけど、本当なのね。
誰かが、自分の知らないところで、そっと助けてくれているのね。
どうしても、見える部分にしか気がつかないけど、そうやって人は支えあってるのね・・・。
「また行ったらごめんね」という私に、やさしいHさんは「いつでもどうぞ、汚い家だけど」と言ってくれた。
ほんとに、みなさま、いつもお世話になっております。
もしも、あなたのお宅にもお邪魔してたら、ごめんね(笑)。
そのときは、座布団でも出してください(笑)。

(2004年3月15日)
 

ごく当たり前の言葉なのに、なぜかとても”目からウロコ”のときがある。
この前、朝の連続ドラマを見ていたときのこと。
登場人物の青年が「僕は優しい人間じゃない。冷たい人間なんだ」と言っていた。
すると、その青年の親代わりみたいな役どころの人のセリフがこう。
「お前は優しいやつだ。だから僕はお前に優しくしたくなるんだ。人が誰かに優しくするとき、それはその人の優しさを感じるからだ」
私は、そうか、そうだよなー、と感心した。
確かに、誰かに優しくするときは、その人のことを好きだからだよね。
嫌いな人に優しくしたいって思わないよね。
いつも自分に優しくしてくれる人には、やっぱりその優しさを返したいって思う。
みんなそうやって、優しさを与えたり受け取ったりしている。
誰かに対して優しくしたいと思うとき、与えるだけじゃなくて、自分自身の中にも優しさが広がって、とても心地良くなる。
与えると同時に受け取っている瞬間だ。

誰かに優しさや愛情を感じることができるっていうのは、それだけ自分が幸せな証拠だよね。
そして、私の友人達にも、私の彼らへの愛情を感じてもらえたらな、と思う。

(2004年3月15日)
 

友人のHINATAさんのHPのひとりごとを読んで、私自身が最近感じていたことと同じだったので、私のひとりごとにも書くことにした。
HINATAさんのご主人が、「責任というものを負う人というのは、言葉にして言わない」と仰ったそうです。
「人にも色々なタイプがいますが、真面目な人ほど言葉にださないですよね」とHINATAさんも。

うちの父は今入院しているのだが、担当医は、「治します」とか「大丈夫です」とか一切言わない。
「良くなると期待はしています」とか、「治りづらいかもしれない」とか、上手い言い回しで、断言するようなことは絶対に言わない。
たぶん、大抵のドクターがそうなのだと思う。
ヘタなことを言うと、「あのときこう言ったのに」と責められるだろうし、責任がある立場だから、言葉に慎重にならざるをえない。

父の担当医の中でも一番下のAK先生は、ものすっごく言葉を選んで発言する。
(大学病院というのは、大体3人1組で患者を担当する)
AK先生が、まだ研修医を終えてから2年しか経っていないことを他の先生から聞き、経験が少ないため、上手く答えられないのだな、仕方ないな、と思っていた。
あるとき、私の叔母から電話があった。私や母がいない時間帯に父のお見舞いに行った叔母は、「先生から話を聞きたい」と看護婦さんに申し出た。
先生と連絡を取った看護婦さんからこのように言われた。
「1番上の先生は今日いません。2番目の先生は手が離せません。3番目の先生は、うまく説明できないので、と断られました」
私は、AK先生は正直で素晴らしい、と思った。
もっともらしいことを言って医者ぶるより、正直に伝えたのだから。

自分の責任というものをちゃんと自覚している人は、めったなことは言わないんだよね。
最初は、あまりはっきりと言わない立場にイライラしたこともあった。
でも、軽々しく言葉に出す人より、本当は男らしいのだなって感じるようになった。

(2004年6月4日)
 

マナカードアカデミーを起ち上げてから5ヶ月ほどになる。
まだ宣伝など一切していないけれど、縁のある人たちが集まってくださって、とても楽しい時間を過ごさせて頂いている。
マナカードは、本当に見ているだけで癒されるし、深い気づきをもたらしてくれるカード。
ワークショップをやるたびに思うけれど、やればやるほど参加者のみなさんのリーディングが上達していって、何かに気づくたびに嬉しそうな顔をしてくださる。
みなさんのきらきら輝く目を見るたびに、ああ、マナカードに関われて幸せだなぁ、と思う。

マナカードを広めている身でこのようなことを言うと、誤解を招くかもしれないけれど、実は私は、最終的にはカードは必要なくなるんじゃないかと思っている。
たまに、カードを引く前に、なんのカードかわかるときがある。
カードを選んでいる途中で、頭の中にカードが浮かび、1枚引くとちゃんとそのカード。
カードや本は、自分の内面を見つめたり、直感を働かせるために力を貸してくれる道具だから、本当は、何もなくても気づけるのがいいんですよね。
だけど、中々そうはいかないから、みんなそれぞれ自分に合ったものを使う。

ワークショップでいつも言うことなのだけど、なんのカードを引いたか、そのカードの意味はなんなのか、ではなくて、そのカードを引いて自分が何を感じるか、が一番重要。
そのカードの意味を読んでみて、ぴんとこなかったら、それでもいい。
解説本を鵜呑みにするのではなく、カードを引いたときの直感、その絵から受ける印象、自分が何を感じたかを大切にしてほしいんです。
本って、あくまでも人が書いたもので、人の意見ですよね。
だから、その中から共感できることだけを吸収すればいいんです。

運が良い人っていうのは、直感にも優れているそう。
自分の内側から出てくるものに勝るものはありません。
そのためのツールとして、マナカードがあり、エンジェルカード、タロットカードetcがあるんです。
そういうものを一切使わず、ヨガや瞑想をして自分と対話したり、気づきを得る人もいるし、方法は人それぞれ。
マナカードが、みんなの人生を楽しくするためのツールになれるのだとしたら、そんなに嬉しいことはない。そう思いながらマナカードを広める活動をしている私です。

(2004年11月26日)
 

私は今まで、相手に正直に伝えるということが、なかなかできない人だった。
イヤなことをされても、疑問に思うことがあっても、嫌われるのがいやで、自分さえ我慢すればいいのだから、と全部自分の中に飲み込んでいた。
「それはいけないよ」って注意したくても、「私だってダメなところはたくさんあるし、言える立場じゃないし」って思ったり。
そして、ストレスがどんどん溜まっていって、夢の中でその人と喧嘩をしたりすることもあった。
たぶん、私自身が、人から何かを言われることがあまり好きではないから、ということもあるのだと思う。

やはり、人から何かを注意されたりするのは、あまり良い気持ちのするものではないですよね。
言われていることがもっともなことだったりしたら、当たっているだけに余計に腹だ立ったりとかして。
でも、それを言うほうの人にとっても、実はとても勇気がいることなんですよね。

先日、10年来の友人と、1年以上ぶりに待ち合わせをしました。
その友人は遅刻魔で、今までに何十回と遊んできましたが、必ず遅刻をする。
平均で20〜30分、最大で1時間ほど待ったことがある。
「どこかのお店で待っていて」と途中で連絡が入ることもあれば、全く連絡なしのことも。
今回もまた、30分遅刻してきた。
メールで連絡をくれたそうだけど、届いていなかった。
(後でわかったのですが、間違えて私のパソコンの方にメールが届いていました)
「メール見なかったの?」と彼女。
「届いてないよ。圏外のときに届いたのかも」
「センター問合せしなかったの?」
「だって、問合せってそんなに頻繁にしないよ」
私はこの時点でかなりイライラ。彼女が、「メールしたのに」っていう態度だったから。
「そういうときは電話ちょうだい。メールだとわからないときあるから」と一言。
「私、ずっと地下鉄だったから」ちょっと逆ギレ気味の彼女。
せっかく久しぶりに会って、楽しい時間を過ごしたかったけど、今度ばかりはきちんと言おうと思った。
「30分も寒いところで立ちっぱなしだったんだよ」
「それは悪かったわ」やっと謝罪の言葉。
いつもいつも遅れることを、彼女はちゃんとわかっているのか?
私は思い切って言ってみた。
「遅刻癖、直さないとダメだよ。いつも遅刻してるよ」
「それはごめんなさいね」わかったのかどうか、彼女は一応謝った。

しばらく気まずい雰囲気が流れた。
私は言うことは言ったから、気を取り直して明るく振舞った。
いろいろ喋りながらランチをして、少し買い物をしたあとに私たちは別れた。
せっかく久しぶりに会ったのだから、遅刻のことは見逃して、楽しく過ごそうと思ったけど、私は正直に自分の気持ちを伝えることを選んだ。
そしてその夜、彼女からメールが着た。
「今日は本当にごめんなさい。これからは気をつけるね。あなただから正直に言ってくれたのだと思い感謝しています」
私はすごく嬉しかった。ちゃんと根底に愛情があれば、縁が壊れることはないのだと安心した。
逆に、「ここがイヤ」と思いながら付き合うほうが、失礼なのじゃないかと思った。
注意するほうも、勇気がいるんですよね、本当に。
ほっとくほうがよっぽど楽だもの。
言ったことで嫌われるようなら、最初から大した縁じゃないんですよね。

大人になると、なかなか周りの人から教えてもらえることってないですよね。
間違ったことをしていても、誰も注意してくれなくて恥をかいていること、あるかもしれない。
知らず知らずのうちに、失礼なことをしていたり、悪気はないのに人を傷つけていることもあるかもしれない。
そんなとき、正直に注意してくれる人がいるって、とってもありがたいこと。
それを素直に「ありがたい」と感じることができる人間でいたいと思う。

(2004年12月6日)
 
38.国際結婚
私には、国際結婚をしている何人かの友人がいる。今回ハワイで一緒に滞在したTちゃんもそのうちの1人。彼女のことは赤ちゃんの頃から知っていて、同じ時期にハワイに留学していたというご縁。
Tちゃんはそのハワイ留学中に知り合ったアメリカ人(白人さん)と結婚、今はNYに住んでいる。
結婚して10年も経つのに、ハワイ滞在中は毎日電話で話しているラブラブぶり。
彼女がレンタカーなどの手続きなど全部やってくれたのだけど、彼女に言わせれば、いつもはこういうことは彼が全部やってくれるとのこと。彼女が自分でやったことを報告すると、彼は「僕がいなくても何でもできるんだね、ベイビー」と少し悲しそうにつぶやいたそうだ。
2人の出会いはコインランドリー。今でも、Tちゃんがコインランドリーに行くと言うたびに、彼は心配するそうだ。(他の人と出会っちゃうんじゃないかと・・・)

ハワイの知人オーエンさんは、去年まで日本の米軍に駐在していた。
オーエンさんは、3年前に2回り年下の若い奥さんをもらった。出会いはスナック。
タイから日本へ出稼ぎに来ていた彼女には、10代のときに生んだ子供がいて、その子供をタイに引き取りに行って、めでたく結婚した2人。女の子も1人生まれた。
去年ハワイに転勤になったため、今はハワイに住んでいる2人だが、子供の教育は英語とタイ語。久しぶりに会った私に、「英語もわからないし、日本に帰りたい」とすがるような顔をする奥さん。
奥さんの母国語はタイ語。あとは、日本語を少し喋る。
オーエンさんの母国語は英語。日本語は、単語を少し知ってるだけ。
2人の共通語は、ない。あえて言えば、片言の日本語。
2人に会うたびに、どうやってコミュニケーションをとっているのか、不思議で仕方ない。
他の知人も、ろくに英語も喋れないのに、英語圏の人と結婚していたりする。
「通じるのよね〜、愛があれば」とTちゃんは言う。

私のパートナー、新井朋子の友人Rさんも、米軍に勤める白人さんと結婚した。
トム・クルーズ似のハンサムガイだそうだ。Rさんも、英語をあまり喋れない。
そのトム・クルーズだが、彼女が、置いてあった洗濯物を畳んだだけで、
「僕のために畳んでくれたのかい!?」
電子レンジでチーンとしただけの、誉めるところが何もない料理にさえ、
「これをわざわざ作ってくれたのかい!?」と感激すると言うではないですか。
「洗濯物、置いてあったらついでに畳むよね」と新井朋子。
「そりゃ、畳むよ」と私。
お互いに外国人にさして興味がない私たちであるが、
「あの米軍の戦闘機から金髪でブルーアイが降りてきたらさー」(トップガン)
「リチャードギアが帽子投げてたらさー」(愛と青春の旅立ち)
「そりゃー、メロメロでしょー」と、想像してみた。

日本人女性って、多分他の国の女性よりも、男性のお世話をすると思うんですよね。
日本人男性からすると、当然と思われてしまうことも、欧米人男性からだと、感激してもらえちゃう。
その反対もあって、レディーファーストが徹底している欧米人の態度に、いちいち感動する日本人女性は多い。
日本人は、「察っする」っていうことが得意。
「きっとあの人はこれを必要としている」と思った瞬間に、気を利かせて手を貸したり。
欧米人には、それが難しいみたい。そういう風習がないというか・・・。

国際結婚っていうのは、そういう意味では、お互いに新鮮で、お互いに感動できるので、愛情が長続きするのかもしれないですね。
そして、言葉っていうのは、案外必要ないのかもしれないですね。
「深い話するときはどうするんだろう?」って思うけど、言葉でわかり合う必要はないのかもしれない。
逆に、言葉で傷つけあったり、意見の相違で喧嘩になることがないから、さわやかかも。
愛情っていうのは、態度や表情で十分伝わるものなんでしょうね。

(2005年4月6日)
 
4月より、代々木にマナカードアカデミーのオフィスをオープンした。
自分たちの空間を持ちたい、と以前から思っていたけれど、まだまだ先だと思っていた。
ところが、天から「今やりなさい」と、腰を上げざるをえない状況を容赦なく与えられてしまい、それからはびっくりするほどとんとん拍子ですべてが進んでいった。
狭い部屋だけど、なかなか快適。なにより、決まった場所があるというのは、精神的にも落ち着けて良い!!
ワークショップ、個人セッション、フラレッスン、他にもいろんな楽しい講座をやっていこうと思っている。

アカデミーの生徒さんたちも、少しずつ増えてきた。
みんな、とっても熱心にリーディングのお勉強をしてくださっている。
よく聞かれる質問に、「霊感などがないのですが、私でもできますか?」というものがある。
私は、スピリチュアル業界で数年仕事をしてきたけれど、「サイキック能力と人格は比例しない」とつくづく思う。
どんなにサイキックでも、どんなにエネルギーを扱える能力があったとしても、人を癒す能力とはなんにも関係がない。
見えるもの全部言ってしまって、その後の解決法を伝えずに不安な思いをさせている人、エネルギーワークはできるけど、言葉がとてもきつくて人を傷つけている人、そんな人がいます。

逆に、そういう能力は全然なくても、とても思いやりがあって、人を元気づけることができる人もいる。
私が父を亡くして悲しみの中にいたときに、私をもっとも励ましてくれたのは、スピリチュアルなことなんて何も知らない学生時代の友人の言葉だった。
確かに、私は元々霊感が強く、巫女体質ではある。
でも、確信を持っていえることは、「人を癒すのに、特別な能力なんて必要ない」ということ。
一番大切なのは、思いやりだと思う。

心配や同情も必要ない。
相手のことを心配することは、本当の優しさではないと思う。。
心配するっていうことは、信頼していないっていうことにも繋がるし。
それよりは、「あなたなら絶対大丈夫」っていうポジティブなエネルギーを送ってあげたほうが、よっぽど相手のためにもいいんと思う。
私も昔は、「心配してくれる」ことが優しさだと思っていた。
でも、「大丈夫?」なんてことは、うわべだけでも簡単に言える言葉であって、そんなことより普段は黙っていても、困ったときにさっと手を差し伸べられるのが本当の優しさ。
エネルギーは、目に見えないけれど、すぐに相手に届く。
だから、同情や心配のエネルギーを届けるよりは、でもあなたは乗り越えられますよ、っていうエネルギーを送ってあげたほうがいい。

そして、相手を安心させてあげられる雰囲気を持つことも大事だと思う。
声のトーンや喋り方がとても素敵な人って、たとえ言葉は大したことを言っていなくても、聞いているだけでとても癒される。
逆に、すごく良いメッセージでも、無表情で伝えられてしまったら、全然ワクワクしない。
そういうことを考えていくと、結局、セラピストに必要なことって、人間として普通に必要なことなのだと思う。
挨拶はきちんとする、言葉はちゃんと選ぶ、表情は明るく、などなど。。。。

セラピストという職業をしている人はみんな、たくさんの経験を乗り越えた人だと思う。
人の経験に共感できる、相談に乗れる、アドヴァイスをできる、ということは、自分もそれだけいろいろな経験をしているはずだから。
私の人生にもそれなりにいろいろなことがあった。
10代の頃から20代の前半までは、死んでしまいたいと思ったことも何回かある。
だからこそ、人の痛みが理解できる。
自分の暗い思い出、辛かった経験は、「人を励ますことができるようになるためのトレーニング」だと思って、胸に輝く勲章にしてしまえばいい。

誰にでも最初の一歩がある。
私にも、1人500円でミニリーディングをしていた時期があった。
マナカードを手にしているみなさんには、自信を持って、どんどんリーディングをしながらたくさんの人たちを癒してあげていって欲しいと思う。

(2005年5月2日)
 
先日、高額納税者が発表された。世の中には、稼いでいる人たちがたくさんいるんですね〜。
そのような成功を掴んでいる人たちを見ると、昔の私なら、「うらやましいー」というのが第一声だったと思う。
でも、今の私に一番最初に浮かぶ言葉は、「いろいろ大変だっただろうな」ということ。

マナ・カード アカデミーを起ちあげてから、本当にいろいろなことをクリアしなければいけなかった。
私の周りの友人たちも、自分の夢に向かって、着実に一つひとつこなして頑張っている。
何の努力もなし、ただラッキーだけで成功している人なんていないはず。
成功していればしている人ほど、努力や試練の数は並大抵ではないと思う。

収納の達人、近藤典子さんは、主婦のカリスマとなり、今では知らない人はいないほど。
でも、近藤さんは、元々はダメ主婦だったと言っていた。。
子供を死産し落ち込んでいたときに、ご主人が引越し会社を起ちあげ、そのお手伝いをすることになった近藤さんは、現場で引越しのプロの主婦たちに、「そんなんじゃダメ」と怒られてばっかりだったそう。
それで、自分で努力し、いろいろと工夫するようになり、現在に至っているそうだ。
人生、何が自分の人生を変えるかわからないものですね。
でも大事なのは、どんな逆境も、失敗も、成功への一歩にできるポジティブな心。

以前、私が親しくさせて頂いているある神社の宮司さんがこんなことをおっしゃっていた。
「すべてを持つっていうことは難しいね。無理なのかもしれないね」
その言葉は、私の中にずーっと残っている。
成功している人を思い浮かべてみると、確かに、何もかも持っている人なんて、いないかもしれない。
アメリカでも前人未到の記録を出したイチロー選手には、お子さんがいないし、かなりストイックな暮らしをしていると聞く。古田選手にもお子さんがいないし、細木数子さんは独身。
良い結婚をして、子供もいて、仕事も成功していて、お金もあって、立派な家があって、健康で・・・。
そんなすごい人って、なるほどいないかもしれない。

吉元由美さんのエッセイを読んでいたら、こんなことが書いてあった。
「中国占星術の大家に見てもらったとき、26歳で結婚する、と言われました。26歳になっても結婚の予定がなかったので、再び行くと、仕事運がよくなったから結婚が伸びました、と言われました。次の結婚運の32歳のときは、それが不動産運へと取って代わられ、結局結婚したのは36歳のときでした」
運って、全部が良いっていうのはありえないの?と不思議に思った。
ちょうど友人から電話がかかってきたので、その話をすると、占星術学的には、仕事運と結婚運は同じなのだと教えてくれた。
私は占星術のことはわからないので、うまく説明できないけれど、仕事運も結婚運も金星が関係していて、自分がエネルギーをどっちに使うか、で運が変わるそう。